愛も罪も分かち合い2人でモンスターと化す『愛はステロイド』…当事者から観た女性たちの反逆と“非規範”的な美しさ

コラム

愛も罪も分かち合い2人でモンスターと化す『愛はステロイド』…当事者から観た女性たちの反逆と“非規範”的な美しさ

A24が『セイント・モード/狂信』(19)のローズ・グラス監督と再タッグを組み、大胆で示唆に富んだストーリーテリング、刺激的な演出、そして俳優陣の化学反応で世界中から絶賛を受けた『愛はステロイド』(公開中)。クリステン・スチュワート演じる父親を嫌悪しながらもその影響下から逃れられない女性ルーと、ケイティ・オブライアン扮する自分の夢をかなえるためにラスベガスに向かうジャッキーが出会い恋に落ちるが、2人は町の裏社会を仕切るルーの父親をはじめ、ルーの家族が抱える闇に巻き込まれていく。

舞台は1989年のニューメキシコ州、乾いた空気と時代性を反映したファッションにも注目したい
舞台は1989年のニューメキシコ州、乾いた空気と時代性を反映したファッションにも注目したい[c] 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

映画やドラマ、文芸といった作品の批評や、ジェンダー/セクシュアリティに関連したエッセイなども数多く手掛ける文筆家の水上文が、「クィア」の視点から本作をレビュー。『テルマ&ルイーズ』(91)に『サブスタンス』(24)と新旧フェミニズム映画の名も挙げながら、浮かび上がってくる本作の系譜と独自性とは?

※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

限定された私たちの想像力を凌駕する、クィアな恋愛物語

暴力、筋肉、セックス――映画『愛はステロイド』の特徴を物語るこれらの単語を見て、あなたはなにを思い浮かべるだろうか。まったく事前情報なしにこれらの単語を見た時、果たして女性が主人公の物語、愛を巡る物語、レズビアンとバイセクシャル女性の関係に焦点を当てたクィアな恋愛物語を、あなたは予期するだろうか?

少なくとも、私にはできない。クィア女性の当事者である私自身さえできない。私たちの想像力はいまだひどく限定されていて、ジェンダー役割と異性愛規範にたっぷり染め上げられている――けれども、『愛はステロイド』は違う。イギリスの映画監督でオープンリーバイセクシャル女性であるローズ・グラスは、男性性と紐づけられがちな要素を用いつつもクィアな女性たちに焦点を当て、想像を凌駕する作品を作り上げたのだ。

【写真を見る】うっとりと見つめ合う2人…“愛に飢えながらも得られない”という共通点を持つ
【写真を見る】うっとりと見つめ合う2人…“愛に飢えながらも得られない”という共通点を持つ[c] 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

舞台は1989年のアメリカ、ニューメキシコ州。陰鬱で荒涼としたその場所は、閉塞感にあふれ、実際腐敗が横行してもいる。主人公の1人は、トレーニングジムでうだつの上がらない日々を送る孤独なレズビアン、ルー(クリステン・スチュワート)だ。物語は、ジムでトイレ掃除をする彼女の様子で幕を開ける。退屈な日常を示唆して始まる物語は、しかし思いもよらない変化と脱出を描きだす。その変化を巻き起こす人物こそ、退屈な世界の破壊者にしてボディビルダー、ジャッキー(ケイティ・オブライエン)である。

新たにこの街へやってきたジャッキーは、ラスベガスのボディビル大会を目指す過程で、ルーが働くジムにやってくる。2人はある意味、対照的だ。ルーが父を嫌悪しながらも父の影響から逃れられず、父の経営するジムで働き続けている一方で、ジャッキーは生まれ育った場所を離れ、精神的にも肉体的にも強くなることを欲し、無条件には与えられなかった愛と承認、栄誉と称賛を、自らの手で手に入れるべく奮闘しているのだから。

劇中でたびたび異常な行動を見せるルーの父。街で犯罪を繰り返している
劇中でたびたび異常な行動を見せるルーの父。街で犯罪を繰り返している[c] 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

だが、2人には根本的に似ている部分もある。犯罪に手を染めているルーの父親(エド・ハリス)は支配と暴力を自らの家族に向けることもいとわず、母は12年前から失踪中で、姉は夫のDVに長年苦しめられているが、それを愛だと盲信している。ジャッキーは養子として育った家庭で居場所がなく、周囲の人々からも「太っている」と虐められていたという。虐めの経験をバネにむしろ肉体的な力を付けたジャッキーはたくましいが、しかし見捨てられることへの極端な不安を抱えてもいる。要するに、いずれも愛を求めても得られなかったという飢餓感を抱えているのだ。


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