葬儀の風習や多彩な宗教…『三日葬/サミルチャン』に通じる韓国“ならでは”の要素を生かしたKホラーのスタイル
ヒョン・ムンソプ監督の長編デビュー作『三日葬/サミルチャン』(公開中)は“弔いとお祓い”の二本柱で魅せるホラーの意欲作だ。冒頭から、悪魔に憑依された少女ソミ(イ・レ)が壮絶な儀式の末、祓魔師のパン神父(イ・ミンギ)の努力の甲斐なく、あえなく命を落とすところから物語が始まる。パン神父は「悪魔を追い出すことには成功した」というが、父親の心臓外科医スンド(パク・シニャン)にとっては、最愛の娘を亡くしたことに変わりはない。すさまじい悔恨と喪失感に引き裂かれながら、葬儀の日を迎えるスンドだったが、本当の恐怖が始まるのはそこからだった…。
韓国ならではの葬儀の風習を題材に
本作はオカルトホラーでありつつ、韓国の伝統的な葬儀「三日葬」の過程を主軸とし、さらに父と娘の絆をモチーフとしているところに独自性がある。悪魔祓いが無残に失敗する導入部は『エクソシスト2』(77)も想起させるが、韓国ならではの葬儀の風習を題材にしたホラー作品と言えば、チャン・ジェヒョン監督の『破墓/パミョ』(24)も記憶に新しい。ちなみに本作の撮影は『破墓/パミョ』よりも早く行われている。
『破墓/パミョ』でフォーカスされたのは風水信仰も含んだ富裕層による大がかりな「再埋葬」だったが、本作で描かれるのは一般的な市井の葬式。ホラーではないが、葬式を印象的に描いた韓国映画は名作『祝祭』(96)をはじめ、『最後まで行く』(14)や『アシュラ』(16)などいくつもある。『三日葬/サミルチャン』でも、参列者に振る舞われる食事や、病院に隣接する場合が多い葬儀場の構造など、少しずつお国柄が出ているディテール描写が興味深い。また、本作では遺体安置所も重要な舞台となるが、安置所もの(?)の傑作、パク・チャヌク監督の短編『審判』(99)を思いだす人もいるかもしれない。
幻視によって主人公の精神が崩壊
娘の死を受け入れられない父スンドは、たびたび生きている娘の姿を幻視し、奇怪な出来事にも遭遇する。演じるシニャンはかつて韓国モダンホラーの異色作『4人の食卓』(03)でも恐怖のどん底に叩き落とされる主人公を力演したが、今回もやつれた父親の傷心をリアルに演じ、これでもかと不穏なムードを漂わせる。
愛娘ソミを演じるのは、名子役から演技派へと健やかな成長を遂げたイ・レ。作中、生命力と才能にあふれた若手女優の輝きを随所に放っているだけに、現実を認めたくないスンドの気持ちが痛いほど伝わってくる。加えて『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)で韓国ホラーの俊英ヨン・サンホの薫陶を受けたせいか、映画後半で彼女が「コマウォ(ありがとう)」のひと言と共に放つ邪悪なキメ顔がすばらしい。こういうポイントがホラー映画を輝かせる。
仏教、キリスト教、古来より伝わる土着信仰など多彩な宗教が共存
韓国では仏教、キリスト教、そして古来より伝わる土着信仰など、多彩な宗教が共存している。ゆえにホラー映画において悪魔祓いの儀式を執り行うのも、キリスト教の神父だったり、土着信仰を礎とする巫堂(ムーダン)だったりとケース・バイ・ケースだ。『三日葬/サミルチャン』で描かれるのはキリスト教に基づく儀式だが、チャン・ジェヒョン監督の初長編『プリースト 悪魔を葬る者』(15)では両者が混在して描かれていた。宗教的、文化的な壁を超越した「魔」の存在を描き続けるチャン・ジェヒョン監督の作風は、その後の『サバハ』(19)や『破墓/パミョ』でも一貫している。