「恐怖心展」の内部を詳細レポート。梨と近藤亮太が語る、虚構を通して出会う自らの“恐怖心”
「この世界観を作り上げるうえで、映像が寄与している部分は大きい」(梨)
すべて見て回るのにかかった時間はおよそ1時間。おそらく混雑している時には、それ以上かかることだろう。展示物の多さはもちろんのこと、一つ一つに添えられている梨が手掛けたキャプションも読み応え充分。その出来映えについて近藤は、「いたずらに怖ければいいというものにせずに、ちゃんと個人の恐怖心に寄り添った誠実なものになっている」と評価する。
「僕が手掛けた“海洋恐怖症”の映像は、単体で観たら登場人物が死んでいるようにしか見えない。けれども梨さんのテキストの一節で救出されたことが補完されています。人が死んでいる映像だから怖いという単純なものではなく、海という場所に恐怖心を抱いた人の映像なので、それで正解なんです。どれもホラーを心底愛していて、それゆえに高い倫理観を持った梨さんらしさを感じるテキストばかりで、一番最後に展示されているテキストでもそれを感じることができるはずです」。
それに対して梨も、近藤の手掛けた映像にあたたかな賛辞を送る。「元々近藤さんの撮る映像が大好きなのでお願いしたのですが、今回作っていただいた映像はどれもリアリティの突き詰めが凄まじかったです。解像度が高いキャスティングだったり、子役の使い方だったりに生の質感があって。この展示でしか楽しめない“本当っぽい虚構”がそこにはありました。この世界観を作り上げるうえで、近藤さんの映像が寄与している部分はとても大きいので、来場される方にはその細部にまで注目していただきたいと思っています」。
会場の出口付近には物販コーナーが用意されている。A5サイズのパンフレットには、いくつかの“恐怖心”に関して補完するテキストや、梨と大森、株式会社闇の頓花聖太郎による鼎談などが収められており読み応え充分。また、先日発売されたばかりの「イシナガキクエを探しています」の書籍版や、梨の著作である「つねにすでに」や「お前の死因にとびきりの恐怖を」なども販売。さらに梨が「恐怖心展」にあわせて書き下ろした最新小説「恐怖症店」の電子書籍を告知するチラシも設置されている。
「この『恐怖症店』は、“恐怖症”を売るお店に関しての物語です。なにかを嫌いだというと棘があっても、それに対しての“恐怖症”だといえば許される、免罪符となるきらいがあると思います。そのような一般名詞化した“恐怖症”というもののおもしろさを小説の方に込めておりますので、『恐怖心展』を観たあとにこの世界観を楽しみたいという方に是非読んでいただきたいです。個人的にはいい感じにできたという満足感があります」と自信を込めて語る梨に、近藤も「『恐怖心展』を経ると、梨さんの小説の解像度も格段に上がると思っています」とアピール。
ほかにもポスタービジュアルなどがデザインされた全6種類のTシャツや、ステッカー(2種セット)やクリアファイル(2種セット)も販売。さらに「行方不明展」の物販で好評を博した展示物ガチャは今回も健在。ガチャ限定の展示物を含む全13種類のアイテムで、1回100円。是非ともコンプリートを目指してみてほしい。
「恐怖心が自分のなかにあることを初めて自覚した」(近藤)
最後に2人に、それぞれが抱いている“恐怖症”があるか訊ねてみた。すると梨は「インタビューなどでもよく訊かれるのですが、今回たくさんの恐怖症と向き合ったのに、私自身が恐怖を感じるものが一つもなかったんです」と明かし、「いまは自分探しの最中なのです」と微笑む。
一方で近藤も、これまで明確な恐怖症がなかったと言いながらも、「先日、宇都宮の平和観音を見に行ったのですが、近付けば近付くほどずっしりとのしかかってくる感覚があって、神仏や神域に対する畏怖にも似た恐怖心が自分のなかにあることを初めて自覚したばかりです」と告白。
いつどのようなタイミングでめぐりあい、向き合わざるを得ないことになるのかも誰にもわからない“恐怖心”。なにかに恐怖心を抱いているという自覚をお持ちの人も、まだ自覚したものがないという人も、この機会に「恐怖心展」に足を運び、不意に湧きあがってくる新たな感情と対峙してみてはいかがだろうか。
「恐怖心展」は7月18日から8月31日(日)まで、東京・渋谷のBEAMギャラリーにて開催中。チケット情報などの詳細は、公式ホームページを確認してほしい。
取材・文/久保田 和馬