「本当の絆に心惹かれる」『シンシン/SING SING』が描く“美しい友情と切実な願い”を、映画のプロたちが語りつくす
ニューヨークに実在する、最重警備のセキュリティを誇るシンシン刑務所で行われている、収監者更生プログラムの舞台演劇に取り組むなかで育まれていく収監者たちの友情と再生を描く映画『シンシン/SING SING』(公開中)。主要キャストの85%以上は実際にシンシン刑務所の元収監者であり、演劇プログラムの卒業生及び関係者たちで構成されている。全米配給権をA24が獲得し、世界の映画祭、映画賞で数々の受賞を果たした本作は、第97回アカデミー賞で主演男優賞、脚色賞、歌曲賞と3部門へのノミネートを果たした。
無実の罪で収監された主人公ディヴァインG(コールマン・ドミンゴ)。長年無実を訴え続けるも釈放の可能性は一向に見えず、暗い日々を送る彼の唯一の心の救いは、更生プログラム「RTA(Rehabilitation Through the Arts)」の舞台演劇に打ち込むこと。演劇を通して現状を打破しようとするディヴァインGの前に現れたのは、刑務所一の問題児ディヴァイン・アイ(クラレンス・マクリン)。刑務所の外で生きることを諦めてしまったディヴァイン・アイが演劇に取り組むことで次第に変わっていく一方で、再審請求が棄却されたディヴァインGは希望を失い自暴自棄になっていく。それぞれが待つ運命の行方、2人の間に芽生える友情と絆がもたらす奇跡が描かれる本作に心を揺さぶられた映画ライターの羽佐田瑶子、SYO、MOVIE WALKER PRESS編集部の別所が座談会を実施。本作で描かれる、演劇を通して育まれる友情や再生について語った。
「『他者に思いを馳せる余裕』に気付かせてくれるのが、映画のすばらしいところ」
別所「私は、大人の部活動っていいな…というのが最初の感想でした。中高の時に演劇部だったのですが、広い講堂で台車を乗り回してキャッキャしたり、休憩時間にダンスを踊ったりという光景を見て、自分の学生時代と重ねて懐かしく感じると同時に、大人になるとこういう活動はなかなかできないなとふと思ったりもして。もちろん刑務所の中という制限はありつつも、二度と会えない人たちとの絆と、一生ものの友情を作っていくところがいいなと感じました。一方で、ディヴァインGが、柵の中から手を伸ばして外の空気を感じるシーンはすごく印象に残っています。現実とのギャップが描かれるところに、本作のセリフにもある“感情のジェットコースター”を私自身も味わいながら、その振れ幅のすごさを体感しました」
SYO「趣味の一環である海外の予告編漁りで本作を見つけた際は、英語が堪能でないこともあって詳細な中身まではわからず『A24(全米配給)が刑務所での友情ものをやるのか。感動作かな』という第一印象でした。その後に実話ベースということを知り、どう向き合うか模索しながら本編を鑑賞し始めました。というのも、僕は“感動”という言葉や行為にある種の暴力性を感じていて、塀の外という安全圏から罪を犯した人たちを観て無遠慮、身勝手に心を動かすのは怖いな、と思ったのです。ただ本作は、そうした観る側の迷いをちゃんと受け入れて、正真正銘の感動を呼び起こしてくれました。各々の実感と人生に導かれた出演者たちの演技、そして『俺たちはもう一度人間になるためにここにいる』など、痛みと切実な想いが乗った感動的なセリフが、強く印象に残っています。立場や言語の壁を越えて、どうしようもなく響いてくる作品でした。鑑賞時はアカデミー賞のノミネート発表のタイミングでしたが、大いに納得できる仕上がりでした。自分の中で今後も大切な作品になるであろう確信があります」
羽佐田「私も印象的だったのは、ディヴァインGが柵から手を伸ばして外の空気に触れるシーン。現実と外界の壁の分厚さみたいなものって、自分自身も生きていて感じることではあるけれど、あの一瞬のシーンで、刑務所にいる方にとっての壁の分厚さや、実際には難しいけど外に行くことを求めているという願いが表現されていると思いました。一瞬の切実な感じが強く印象に残っています。私の子どもが演劇プログラムに参加しているのですが、教室に通う子どもを見ていると、小さいころは空想の世界と現実が地続きだったなって思い出すんです。大人になると分断されてしまうけど、子どもはいま、その地続きである瞬間を生きているんだなって。シンシン刑務所の人たちはプログラムに向き合いながら、何度も何度も現実に引き戻されてしまうけど、その度に本当の願いのようなものを思い出して信じて突き進んでいるだなというのを感じました」
SYO「実際の元収監者の方が出演している以上、フィクションとして娯楽的に楽しむことはなかなか難しく思われがちななかで、ある種ドキュメンタリーのような少し引いた感覚で観始めました。しかし物語が進むにつれてどんどんのめり込んでいき、感情がライドしていくという意味でのジェットコースター状態になりました」
羽佐田「私も事前に資料で元収監者の方が出演していると知っていたので、ドキュメンタリー的なニュアンスで観ていました。その過程で、実際にその中にいる人たちの気持ちの動きに持っていかれたけど、“感動”という言葉だけではうまくまとめられないものだし、そこに落ち着かせていいものかと考える自分がいて。もちろんそのニュアンスもすごくあるけれど、うまく言い表せない心の小さな機微のようなものを大事にしながら作られているところに惹かれた気がします」
別所「でも、Gとアイの友情物語はすごく感情移入がしやすいと思います。自身もつらい現実に直面しながら、自暴自棄になっているアイに根気強く寄り添うGと、徐々に心を開いていくアイ。刑務所内で、舞台を通した更生プログラムがあって…という設定だけでハードルを掲げてしまってはもったいないですよね」
羽佐田「刑務所の中という、特殊な環境を色眼鏡で見てしまう部分はあるとは思いますが、あの2人が友情を紡いていく姿、本当の絆に心惹かれるし、あたたかさを感じました」
SYO「ネタバレを考慮すると細かいことは言えないのですが、ラストシーンが本当にすばらしかったです。特殊な環境で互いに救済しあった関係も含めて、すごく美しい友情ドラマでした。映画というメディアのすばらしさは、2時間程度の物語に身を委ねた果てに『自分にはまだ他者に思いを馳せる余裕があったんだ』と気づかせてくれるところだと僕は感じています。毎日生きていくのが大変ななかでも、映画の中に映る人たちに『幸せになってほしい』と思えること。不寛容の時代と言われるいま、会ったこともない他者を大切に思えるのって、すごいことだと思うんです。本作はそうした無償の愛や祈りを呼び覚ます効果をもたらす、素敵な映画でした。映画と僕ら自身が友情関係を築いているような感覚にもなりました」