『海街diary』から10年!『ちはやふる』や『怒り』を経て『片思い世界』でも輝く広瀬すずの進化に迫る
名脚本家、向田邦子の代表作に挑戦した「阿修羅のごとく」
こうして振り返っただけでも広瀬がどれだけ多彩な役柄に異なるアプローチで演じてきたのかがわかるが、2025年の彼女はますますスゴい!さらなる新たな顔で快進撃を続けている。
まずは名脚本家、向田邦子の代表作として知られる名作ドラマを、広瀬と3度目の顔合わせとなる是枝監督がリメイクしたNetflix配信のドラマシリーズ「阿修羅のごとく」。オリジナルと同じ1979年が舞台の本作は、父親に愛人がいることが発覚したのをきっかけに幸せそうな家族が大きく揺らぎ、4姉妹の秘密や葛藤が次々と明らかになっていくもの。長女の綱子を宮沢りえ、次女の巻子を尾野真千子、三女の滝子を蒼井優が演じ、四女の咲子に広瀬が扮しているが、いずれ劣らぬ演技派の彼女たちが姉妹ならではの歯に衣着せぬ口汚い物言いで罵り合い、泣きわめき、大声で笑い合うのがめちゃくちゃ生々しくておもしろい。
なかでも広瀬は、末っ子ならではの無邪気さで言いたい放題。特にそりが合わない滝子にはことあるごとにケンカを売るので、蒼井と激しくいがみ合うが、その手加減なしの言いっぷりが本当に“姉妹あるある”でめちゃくちゃ痛快だ。
かと思えば、ボクサーの夫(藤原季節)が入院し、彼の母親(高畑淳子)から激しく糾弾されるシーンでは歪んだ表情だけで咲子の複雑な心情を伝えてみせた。そのあたりも広瀬のプライベートをまるで覗き見ているような自然さで、そこは是枝監督が同じように4姉妹を撮った『海街diary』の時の彼女とは(設定が違うこともあるけれど)まるで違う。
実在した女優、長谷川泰子の生き様を体現した『ゆきてかへらぬ』
こんなに奥行きのある芝居を、ここまで自由に自然に放つ20代の俳優がほかにいるだろうか?そう興奮していたのも束の間で、『ゆきてかへらぬ』(25)の彼女にはさらに驚かされた。本作は『ツィゴイネルワイゼン』(80)などの名作で知られる脚本家、田中陽造が40年以上前に書いた幻のシナリオを『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(09)などの根岸吉太郎監督が映画化した文芸作品。大正時代の京都、昭和初期の東京を舞台に、実在した女優、長谷川泰子と詩人の中原中也(木戸大聖)、文芸評論家の小林秀雄(岡田将生)による愛憎を軸にした青春劇が描かれるが、泰子役の広瀬はこれまでのどの作品よりも大人っぽく色っぽい。
冒頭のシーンからどこか気だるそうな佇まいにハッとさせられるし、中原とローラースケートをするシーンなどでは広瀬自身のかわいらしさもにじみ出るから、中原と小林が彼女に夢中になるのもよくわかる。それでいて、文学的な才能を持った男たちに挟まれて、自らの才能の限界に苦悩し、しだいに壊れていく泰子の憂いを帯びたしっとりとした美しさも表現しているのだから目が釘づけになる。「泰子を演じられるのは、広瀬すずしかいないと思っていた」と根岸監督は公言しているが、その言葉が決して大げさなものではないことは誰が見てもわかるはずだ。
杉咲花、清原果耶との化学反応が楽しい『片思い世界』
といった驚きの連続のなかで、いよいよ公開されるのが『片思い世界』。大ヒットした『花束みたいな恋をした』(21)の脚本家、坂元裕二と土井裕泰監督が再びタッグを組んだ本作は、東京の片隅の古い一軒家で暮らす強い絆で結ばれた3人の女性の何気ない日常とそれぞれが抱える“片思い”が描きだされていく。
楽しそうに他愛ない会話を交わす広瀬と杉咲、清原の3人。彼女たちの化学反応が見ていて楽しいし、横浜流星が演じた3人と同じ記憶を胸に秘めた青年のキャラも興味深いが、最大の見どころは坂本が本作に仕掛けた“ある秘密”だ。それがわかった時に思いがけない感情が湧き上がることになるが、杉咲と清原と共に、そこへと導く広瀬の芝居がここでも自然で驚かされる。観終わったあとに、もう一度最初から観直したくなるはずだ。
まだまだ注目作がめじろ押し!
だが、現在26歳の広瀬にとって、この10年はひょっとしたら俳優としての第一幕だったのかもしれない。20代もまだ半分近く残されているし、すでに2本の新作が撮影を終えて待機中。1本はノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロのデビュー小説を石川慶監督が映画化した主演作『遠い山なみの光』(2025年公開)。そしてもう1本は、真藤順丈による直木賞受賞小説を大友啓史監督が映画化し、妻夫木聡、窪田正孝、永山瑛太らと共演する『宝島』(9月19日公開予定)。
どちらも注目作なだけに期待が高まるが、広瀬すずはこの先も間違いなく進化し続ける。彼女の第二章はどんな色彩を帯びていくのだろうか?楽しみでならない。
文/イソガイマサト
※宮崎あおいの「崎」の正式表記はたつさき