A24製作『ベイビーガール』のハリナ・ライン監督が明かす、大胆な物語に込めた秘めたる願望「普通になりたい」

A24製作『ベイビーガール』のハリナ・ライン監督が明かす、大胆な物語に込めた秘めたる願望「普通になりたい」

「ニコールのすばらしいところは、役を通じて弱さを見せることにまったく抵抗がないこと」

本作でロミー役を演じるキッドマンについて、「この地球上で最も優秀な女優の一人だと思っています」とライン監督は絶賛するが、驚くことに本作が実現した経緯は、ライン監督の劇場映画デビュー作品『Instinct』に深い感銘を受けたキッドマンが、自ら監督に会いに行き、「将来一緒にできるプロジェクトはないか」と持ち掛けたことに端を発するという。

キャリアを積み上げてもなお、新しい表情を見せ続けるニコール・キッドマン
キャリアを積み上げてもなお、新しい表情を見せ続けるニコール・キッドマン[c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ニコールのすばらしいところは、世界中に名が知れた“大スター”と呼ばれる地位まで昇りつめて成功していても、役を通じて弱さを見せることにまったく抵抗がないということ。彼女は常に自分自身の内面を深く掘り下げて、彼女の中に眠っている、まだ誰も見たことがないような新たな側面を、私たちの目の前にさらけ出してくれるんです」

一方、サミュエル役を演じたディキンソンについて、「『ブルックリンの片隅で』や『逆転のトライアングル』で彼が演じる姿を観てすぐに気に入った」と明かすライン監督は、「彼もニコールと同様、本当にすばらしい才能にあふれた俳優で、“弱み”を見せたと思った次の瞬間、支配的な一面をのぞかせることができる。ユーモアのセンスもあり、一緒に仕事をしていてすごく楽しかったです」と振り返る。

『ベイビーガール』ではハリス・ディキンソンの魅力を存分に堪能できる
『ベイビーガール』ではハリス・ディキンソンの魅力を存分に堪能できる[c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ハリスが演じたサミュエルというのは、どこか天使のような存在でもあるんです。支配的な立場に立っているように描いてはいるのですが、実はすごく感性が豊かで、たとえ大型犬が相手であろうとも(笑)、自分の目の前にいる存在が求めているものを本人が自覚するよりも早く汲み取って、常に先んじて行動に出るんです」

とはいえ、監督がサミュエルをZ世代に設定した背景にはこんな理由があるという。「実は、『BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』という映画を撮った時に、出演者である若者に対して似たような側面を感じたんです。いわゆるZ世代と呼ばれる彼女たちには、少しサイキックなところがあって。言葉を交わさずとも、相手がなにを考えているのか感じ取れるようなところがあるんです。ひょっとすると、携帯電話を肌身離さず持ち歩いているから特殊な能力が備わっているのかもしれませんが(笑)。そんなZ世代的な側面をサミュエルに反映させたかったというのもあります。サミュエルは、人によっては『ただのファンタジーじゃないか』という見方もできると思うんです。あれだけ若いのに達観したようなところがあり、目の前の相手を適切にケアすることができるうえに、成熟した年上の女性にオーガズムも与えることができる。現実世界にはそんな完璧な人物はいないと思います(笑)」

安定感抜群のアントニオ・バンデラス演じる、夫ジェイコブの心情変化にも注目!
安定感抜群のアントニオ・バンデラス演じる、夫ジェイコブの心情変化にも注目![c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

さらに、ロミーの夫ジェイコブを演じたバンデラスについても、「この作品に温かみや人間味をプラスしてくれた」と称えるライン監督。肉体派で危険な男のイメージが強いバンデラスとは正反対とも言うべき“寝取られ夫”という意外な配役だが、そのギャップも相まってバンデラス演じる夫がより作品を立体的にしている。

「私にとって日本という国は特別な存在」

最後に、映画の終盤、日本企業が唐突に登場する理由について、監督に尋ねてみた。「舞台女優をしていた頃に何度も東京を訪れたのですが、すべていい思い出ばかりなんです。日本はとても美しく、どこか精神的なつながりみたいなものを感じたわけです。私にとって日本という国は特別な存在だから、ストーリーに反映させることにしたんです。できることなら満開の桜の木の下でサミュエルが犬と戯れるシーンを撮りたかったのですが、残念ながら予算的に叶わなかったので、せめて名前だけでもと(笑)」果たしてどんなシーンで日本が登場するか、ぜひ“耳を澄ませて”観てほしい。

「じゃじゃ馬ならし」の公演で日本を訪れた際、際どい描写もあったものの、多くの人たちが作品を受け入れてくれたばかりか観劇後すばらしい反応を見せ、率直な意見をくれた経験から、「日本の観客の感受性の豊かさを信じている」というライン監督。「日本はアメリカ以上に性に対して保守的であり、抑圧されているとも言えますが、実はその文化の根底に流れているものは、世界中のどの国よりも大らかでオープンなような気もしているんです。本作も日本の観客の皆さんに楽しんでもらえるのではないかと確信していますし、そうであることを願っています」と期待を込めて語った。


取材・文/渡邊玲子

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