押井守が『リトル・ダンサー』に重ねた幼少期の境遇「邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回前編】
「この映画は少年がバレエのスゴ技をマスターするような達成感みたいのがない」
――あ、押井さん、私もそう思いました。そ、そんなに才能ある?って感じましたね。同じく素人ですが。
「だよね。オヤジを説得するために目の前で踊って見せるんだけど、ジタバタしているようにしか見えない。少なくとも私には天賦の才がある男子には見えなかった。ここが私のポイント。不思議な映画だなあと思い、最後まで観ることにしたんだよ。
例えばアニメーションなら、それこそ天才の片りんをみせる。ほかはぶきっちょでもすごいジャンプをやってのけ、みんなが息を呑むというシーンを入れたりさ。でも、この子はオヤジの前でジタバタしているようにしか見えない。天才っぷり、才能の片りんを見せつけるなら、ちゃんと踊れる子を代役にしてもいいわけじゃない?でも、敢えてそうはせずにジタバタさせて必死さだけを伝えようとしている。少年は友達に家で踊ったりもするけど、やっぱりジタバタしているだけ。お世辞にも優雅じゃない。でも、お約束通り、オヤジは息子の情熱にほだされてロイヤルバレエ団の試験を受けることを許す。あれくらいの才能でいいのかなって心配になった」
――そうなんですよ。だから私はこのお父さん、息子に才能があるというから許したんじゃなくて、彼の「夢」にほだされたんだと思いました。おそらくお父さんもお兄さんも「夢」なんてもったことなかった。成人したら炭鉱で働く、人生はそういうものだと決めつけていた。でも、息子はバレエをやりたいという「夢」をお父さんの目の前で体現してみせた。おそらく、あの家族では初めて「夢」を語った人間だったんです。だから叶えてあげたいと思ったのでは?彼らの人生にはいままで「夢」という言葉はなかったんですよ、きっと。
「そうです。そういう生活環境を丹念に描いた映画であって、彼の才能を描く映画にはなってないんです。そこが大変おもしろい。この手の映画なら普通、コーチが特訓するシーンとかあるじゃない?なんならトゥシューズに血が滲んでみたいな感じとかあってもいいくらいだよ。でも、この映画は少年がバレエのスゴ技をマスターするような達成感みたいのがない。そのくせ、彼を取り巻く環境については興味深いシーンがたくさんある。薪が買えないからお母さんの形見のピアノを壊したりする。認知症のおばあちゃんと暮らしていて、よくある展開だとときどき正気になって孫を励ましたりお小遣いをあげたりするけど、そういうのもまるでない。ずーっと認知症のまま。そういう意味では現実に即した説得力のほうを優先した映画で、天才ダンサー誕生映画としては、とことんさぼり倒している。しかもコーチもあのおばさんだし。最初にこのおばさんが気に入ったといったけど、それはなにも佇まいだけじゃないんです。もう一つ、彼女がすばらしい決断をしているからなんですよ」
――では押井さん、その「すばらしい決断」は次でお願いします!
取材・文/渡辺麻紀
著者:押井 守
構成・文:渡辺麻紀
発売日:2026年12月7日(月)※一部、発売日が異なる地域がございます。
定価:¥3,000(税込¥3,300)
仕様:A5変形(138×210mm)/320P
発行:株式会社ムービーウォーカー
発売:株式会社KADOKAWA
※内容・仕様は変更になる場合があります。
※詳細はこちらをご確認ください。
