西川美和監督が励まされた、戦後の混乱を生きる子どもたちのしなやかな強さ『わたしの知らない子どもたち』に込めた“レジリエンス”と“冒険活劇”
「(ファンドによる)製作体制が、映画業界において刺激になっていってくれるといいなと思います」
もう一点、『わたしの知らない子どもたち』には挑戦がある。K2 Pictiresは、ファンドを運用して映画の製作費に充て、配給手数料を下げてクリエイターへ配分する製作体制を標榜している。同社製作である本作は、邦画の多くを占める製作委員会方式(各社が資金を持ち寄り委員会を構成する)ではなく、ファンドによって製作された。その違いを尋ねると、西川監督は「製作委員会に集まる人たちが細分化しすぎてしまって、一緒に作っているはずの人の顔が見えないんですよね」と語り始めた。自分の監督作品に、プロデューサーとして誰なのかわからない人々のクレジットが並ぶ。その人たちがこの映画を良いと思っているのか、悪いと思っているのかも、顔を見てもわからない。映画を作っていても、手応えが感じられなかったと言う。
一方、製作に特化した今作では、西川監督の作品としては大きな製作費をかけ、「作ると決めたら、好きなように作らせてくれて、内容には一切口を出さない製作体制でした。求められたのは尺を守ることだけで、編集を見ながら小出(大樹)プロデューサーが『2時間半で』と決められたので、私たちもそこに合わせた、というだけです。内容的には、『こうしてほしい』ということは一切なし、というスタンスでした」。
西川監督は、この映画について語る時、何度かレジリエンスという言葉を使っていた。戦後の子どもたちのしなやかな回復力についての言及だったが、「不要不急」の烙印を押された映画監督が、戦後の混乱のなかで遊び、仲間をつくる子どもたちを描くことで、映画作家としての力強さを取り戻した作品とも言えるのではないか。
「こういう製作体制が、映画業界において刺激になっていってくれるといいなと思いますし、似たような布陣で、似たような作品を絶対にリスクを取らない作り方で作り続けることが、いかにカッコわるいか(笑)。K2 Picturesには、作り手が“ かっこいい”と言える会社になっていってほしいですし、“やっぱり違うよね”と思える作品を作り続けてほしい。クリエイターへの利益配分ということも打ち出していますから、そういう意味でも進歩的ですし、他にも新しく、信頼できる会社が増えてほしいです。映画会社だけが儲かって、作り手に還元されないなんていう業界は、持続可能とは言えないですよね」。
取材・文/平井伊都子
