西川美和監督が励まされた、戦後の混乱を生きる子どもたちのしなやかな強さ『わたしの知らない子どもたち』に込めた“レジリエンス”と“冒険活劇”
『ゆれる』(06)、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)など、オリジナル脚本にこだわり人間ドラマを紡いできた西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』が、現在公開中だ。第51回トロント国際映画祭のコンペティション部門「プラットフォーム部門」でオープニング作品に選ばれ、ワールドプレミアを飾った。
舞台は終戦直後の東京。ピアノを弾く12歳の琴子(小八重葵美)は、音楽家の父(竹野内豊)と穏やかに暮らしていたが、その人生は敗戦を境に一変する。進駐軍相手の慰安施設や路上売春が広がるなか、少女であること自体が危険な時代だった。生き延びるために自らの性別を隠し、戦争孤児の少年たちとともに生きることを選んだ琴子。一方、かつて琴子が疎開した学校の教師・曽根文美子(二階堂ふみ)は、戦時中に軍国主義教育へ加担した側の人間だった。敗戦で信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされている。
懸命に生きる琴子や戦争孤児の少年たちを、役所広司、田中裕子、岡田准一、吉田羊、坂東龍汰、北村有起哉といった名優たちが囲む。音楽は『国宝』(25)の原摩利彦が手掛け、『ゴジラ-1.0』(23)で米アカデミー賞視覚効果賞を受賞した白組も、終戦直後の東京を見事に再現している。今年9月、トロントでのワールドプレミアを終えたばかりの西川監督に、企画の出発点から子どもたちの演出、戦後東京の映像づくり、新たな制作体制までを聞いた。
「コロナ禍を覆う閉塞感のなかで、子どもたちが路上で生き延びる姿に励まされました」
取材前日のジャパンフィルムナイトで、西川監督は、この作品の企画の発端について「コロナ禍の時期にこの作品を作ろうと思った」と語っていた。ここ数年に世に出ている作品の多くが、あの時期の思索から生まれていることは確かだ。制作者集団「分福」で机を並べる是枝裕和監督も、コロナ禍に『ルックバック』(公開中)の原作漫画と出会い、創作の喜びに背中を押されたと話していた。当時、世界は西川監督の目にどのように映っていたのだろうか。
「あの時、映画館は閉鎖され、(映画を作る)私たちは“不要不急”の烙印を押されてしまいました。特に日本は、ヨーロッパなどの対応とはまったく違いました。ヨーロッパでは、政府から“こういう時こそ、文化芸術が人の支えになる”ときちんと言ってもらえる。ところが日本では、スクリーンで黙って観るだけで感染のリスクはかなり低いにもかかわらず、五輪の開催などに比べて直接大きな経済に結びつかないとみなされたのか、ひどく軽んじられていると感じていました。自分の映画が公開されにくくなること以上に、非常にショックでした」。
2021年公開の『すばらしき世界』は、緊急事態宣言の発令と解除が繰り返されるなか、制限つきでの公開となった。海外の映画祭も中止やオンライン開催が相次ぎ、トロント国際映画祭にも招かれたものの、参加は画面越しだった。「東京とトロントをつないで、ぽつんぽつんと席を空けて座っている観客の方々に向けてQ&Aをやる、という環境でした」。その同じトロントで、今度は新作のワールドプレミアを迎えたことになる。
次の企画を考えようにも、マスク姿やアクリル板が人々を隔てる現代劇をどう書けばよいのか、発想することが難しかった。「私は筆が遅くて、(脚本を)1本書くのに3年くらいかかります。3年後には状況がすっかり変わっているかもしれないし、むしろ悪化しているかもしれない。そんななかで、リアリティのある現代劇をオリジナルで作る見通しが立たなかったんです」。その時気になったのが、『すばらしき世界』のモデルになった元受刑者・元暴力団員の前半生だった。同作は、作家・佐木隆三氏が実在の人物を取材して1990年に刊行した長編小説「身分帳」を原案としている。
「なぜ犯罪を繰り返すしかない人生を歩む人が生まれてしまうのか。そこには犯罪にいたる前の段階に理由があるのではないか、ということがずっと気になっていました。そこで、戦争孤児や、路上で暮らしていた子どもたちや、終戦直後について学ぶ時間ができたと思い、リサーチを始めました。教科書的なことは知っていましたが、腰を据えて勉強したり、調べたりしたことはなかったので」。
戦争孤児について知るうちに、悲惨さだけではなく、子どもたちのしなやかな強さに惹かれていった。「コロナ禍を覆う閉塞感のなかで、子どもたちが路上で生き延びる姿に励まされました。置かれた状況の質はまったく違いますが、ものすごくタフな状況下で、それでも子どもたちだけであの手この手を使って生き延びていく。その活劇的なものが、すごくキラキラして見えたんです。こんな時だから、重くリアリティのある物語を考える、というのも一つの道ではありました。でも、やっぱり冒険活劇をやりたかったんです。そこだけが、私の目指す北極星という感じでした」。
パンデミックを経て、人間のレジリエンス、つまり回復力やしなやかな適応力は、思っているより強いのではないかと投げかけると、西川監督は子どもたちの姿に重ねて語った。
「どんな状況でも、子どもたちは遊びを発見して、仲間を作ってしまう。そこにすごく励まされるじゃないですか。人間には、人を応援したいという本能があって、子どもはそれを喚起させる存在だから、大事にしなきゃいけないと思うんです。私には我が子はいませんが、我が子だけでなく、子どもという存在自体を社会全体で大切にしていく、自分の国だけでなく他の国の子どもたちも大事にする、という感覚がないと、本当に世の中は砂漠化してしまいますよ」。
