『映画名探偵プリキュア! 不思議な庭と2人の秘密』の制作秘話が次々明らかに!トークイベントで監督、脚本家、プロデューサーが語り合う
「プリキュア」シリーズの劇場版最新作として9月18日に公開され、10月14日までの27日間で興行収入12億2000万円、観客動員95万8000人を突破する大ヒットを記録している『映画名探偵プリキュア!不思議な庭と2人の秘密』(公開中)。本作の「スタッフトーク付き<映画たんプリはなまる応援上映>イベント」が10月15日に新宿バルト9 で開催され、上田華子監督と脚本を担当した成田良美、中川真緒プロデューサーと多田香奈子プロデューサーが登壇した。
「自分で見て、感じて、考えて、“本当”の答えを出す」というテーマを掲げ、2027年から1999年にタイムスリップしてしまった明智あんな(千賀光莉)が、そこで小林みくる(本渡楓)や自称天才博士の妖精ジェット先輩(梶裕貴)と出会い、怪盗団ファントムから依頼者の大切な物を取り戻すために活躍する「名探偵プリキュア!」。本作では、街でウワサのバツ印事件を追うあんなたちの前に、妖精の依頼人レインが現れ、「ダメダメからかりんを守ってほしい」という依頼を受けることに。
公開以来リピーターが続出するなど、これまで公開された「プリキュア」シリーズのなかでも指折りのヒットを記録していることについて上田監督は「(SNSなどでの感想を)真摯に受け止めつつ、うれしくもあります」と述懐。また、中川プロデューサーは「うちの親も初めてプリキュアを観に行ってくれて、泣いてくれました」と明かし、多田プロデューサーも知人の親子から写真や直筆のメッセージが届いたことを報告するなど、それぞれが本作の反響の大きさに喜びをにじませる。
続いて、制作にあたってのこだわりポイントやお気に入りシーンを訊かれると、上田監督はキュアアンサーが巨大なダメダメの体内へ入っていくシーンをセレクト。「少し気持ちの悪い印象になってしまいそうだったんですが、そうじゃなくてもっと綺麗な絵にしたかった」と、美術や撮影スタッフと何度もやり取りを重ね、自ら作画に手を加えながら完成に導いたことを告白。「かなり気合を入れました」と力強く語ると、客席からも「素敵でした!」の声が。また成田は、映画オリジナルキャラクターであるかりん(鬼頭明里)の繊細な心の動きを描くことに注力したと振り返った。
SNSで事前にファンから募集した質問に答えるコーナーに突入すると、本作にまつわるさまざまな秘密が明らかに。「かりんの名前はどういう経緯で決まったのか?」という質問に、上田監督は「この映画にはお花がたくさん出てくるので、花言葉を調べていたんです」と明かし「かりんのお花の花言葉に“努力”という言葉があって、がんばっている子という人物像にぴったりだなと思って決めました」と説明。
ほかにも劇中に登場しなかったアイデアについての質問では、中川プロデューサーから「最初は名探偵らしさを入れなきゃと思って謎解きパートやクイズパートを作っていた」という告白が飛び出し、かりんと出会う前のアランの境遇にまつわる設定やエピソードについては成田が「ずっとひとりぼっちで暮らしていた」と説明。それを受けて多田プロデューサーは、「かりんちゃんと出会った時に何があったのか、アランには友だちや家族がいたのか、石を綺麗にする能力がなぜ周りから認められなかったのか」と掘り下げて描きたいエピソードが数多くあることを明かし、アランの過去を描くスピンオフに意欲をのぞかせた。
さらに「かりんちゃんと同じような経験をしていたので、すごく勇気をもらえました」というファンからのメッセージに対し、成田は「観てくださった方が1人でも一歩踏み出す勇気をもらえるような映画になったらいいなと思っていました」と感激した様子で述べ、中川プロデューサーも「映画館を出た後に、自分もがんばりたくなるような映画にしたかった」と企画当初からの想いを吐露。上田監督も「心の謎を解き明かすということで、心の変化は表情で見せるしかない。とにかくキャラクターの顔を見せることを大事に描きました」と、改めて本作への強いこだわりをあらわに。
イベントの最後、想いを綴ったメッセージを手に、約1年間にわたる制作期間を振り返った上田監督。「映画が完成した時には『終わったんだな』とかなり寂しい気持ちになりました」と語りはじめ、「私はこの作品を通して『プリキュア』というシリーズに恩返しをしたかったのかもしれない」と、自身が幼少期から「プリキュア」シリーズに希望と勇気をもらっていたことや、本作に込めた熱い想いの数々を明かす。そして「この物語を通し、アンサーの答えやかりんちゃんの答えが観てくださった方たちの背中を押し、普段見えていなかった人の心に気づいてくれるようになったらどんなに嬉しいことか。たくさんの方たちの明日もいい日であるよう、心から願っております」と丁寧に締めくくっていた。
文/久保田 和馬
