笠井信輔アナが『ルックバック』を考察。傑作コンテンツを実写化する是枝裕和監督の“引き算の演出術”
是枝裕和監督の強みを最大限に発揮!『ルックバック』は「まなざしの映画」
さらに、奏でられる音楽が本当に素敵だった。
やるなあと思ったのは、子ども時代の藤野(リトル藤野)が、自分が認められて喜び、道をスキップする(原作漫画で作者が極めて重要なコマとして描いている)シーンで、彼女が口ずさむワンフレーズが劇伴と完全にシンクロしているところだった。
ミュージカルでもないのに、こういうシーンはあまり見たことがなく、「これはすごい!」と、こちらの気分も上がった。
やはり人間をどう捉えるかという監督の強みは、今回も最大限発揮されていた。
本作は、「まなざしの映画である」といってもいいくらい、役者たちの瞳が物語っていたのだ。特に子どもたちのシーン。リトル藤野(七瀬ふうり)が一心不乱に絵を描いている時のまなざし。リトル京本(岡田六花)が真剣に背景を描いているまなざし。子役たちのその純粋な瞳が心に響いた。自分の好きなものに打ち込むという姿のすばらしさ。
この夢に向かって猪突猛進していく姿がキラキラしていて、それだけで、いいものを見せていただいた!という気持ちになれた。
すべての子どもに見てもらいたい!「ゲームやってる場合じゃないよ」と言いたくなった。
さて、ようやく言及…主演の2人(出口・蒔田)はどうなのか?
彼女たちの登場は期せずして驚きのシーンとなった。2人が中学生時代に子役から交代したのだ。思いもよらぬ早いタイミングでのバトン受け渡し。相当な冒険だったと思う。
漫画編集者役の菅田将暉が「これ、中学生で描いたの」と2 人に言うシーンは、正直言って、ちょっと無理があるなと感じた。
普通、子役からの交代は高校生になってからだ。しかし、そうなると2人が絆を作り上げる中学生時代を子役たちが担うことになり、感情の流れが途切れ、小・中学編+高校・大学編と物語が2つに分離してしまう可能性がある。交代時のインパクトはあったが、2人の熱演がクライマックスの感動につながり、最後には「主役があそこで交代して正解」と理解できた。
原作漫画やアニメとの本作の違いは、藤野と京本、この2人のキャラクターが、実写化することによって少し和らいでいるというところだろう。
原作漫画で藤野は、自信過剰で上から目線、角の立つもの言い、実年齢よりも大人びた女の子だ。しかし、是枝監督は、そこまでの演出はしていないように思える。藤野の子どもらしさという部分を大切にして、「なんだか嫌な感じの子」という最初の印象を観客が持たないように、ただただ漫画を描くことに熱中する子というキャラクターになっていた。ここにも“引き算”のさじ加減を感じたのだ。
一方の引きこもり少女・京本も、原作は秋田弁がさらに強く、コミュ障はもっときついものだが、こちらもそれほど強いキャラクターになっておらず、京本を引っ込み思案で、かわいらしく緩やかな感じにして、共感性の高いキャラクターにしていた。
ただ、これも監督がそうしたというよりも、自然な子どものありようというものを大切にする、是枝組の子役との向き合い方の結果なのかもしれない。
そして、何の情報も得ていないので詳細は分からないが、もしかすると今回、リトル藤野役の七瀬ふうりは、事前に台本を読んでいたのではないか。
是枝監督が子役に事前に台本を読ませない演出法は有名であるが、自由なリアクションでやりとりをしているこれまでの子役たちの雰囲気とは違って、特に七瀬ふうりには強烈な女優魂を感じたのだ。
事前に台本を読んでいた『怪物』(23)の2人の少年と似た感じ、といえばいいだろうか?
そういう意味では、リトル京本役の岡田六花は、いつもながらの是枝組の子役さん。子どもらしく自然な感じで、共感性が高い。
ただ、これまでと同じような現場でセリフを与えるような演出方法だとすると、過去の是枝組の作品の中で、七瀬は最も“即興的に演技ができる”子役ということになるのではないか? それが嫌な感じにはならず、全力で藤野を表現しようとしている姿が、むしろ好感。全力で、しかし黙々と漫画がうまくなりたいと突っ走る藤野とシンクロした。
こうした多弁にならない演出を受け、秋田の美しい四季を感じながら、私たちは思いを巡らせ、思いを受け取り、その分、作品は豊かになっていく。
ヴェネチア国際映画祭で5つもの賞を得るという高い評価を得た理由は、類まれなストーリー展開と、こんな引き算の演出スタイルにもあるのではないか。
では、本作における“足し算の演出”とは…。
想像を超える“足し算”を、是枝監督は本作に注入している。
それは、まさに『ルックバック』。
「振り返る」と「振り返るな」、ダブルミーニングを込めた原作のタイトル通り、その足し算は、振り返りながらも振り返るな、と希望をもたらしてくれるものであり、私はそこに涙した。
これは、みなさん自身が、ぜひ、劇場でその驚きと感動を味わってほしい。
そうきたか!…なのだ。
文/笠井信輔(フリーアナウンサー)
