『八つ墓村』清水崇監督が語る、アレンジされ続ける金田一「原作をそのまま作っても成立しない」
尾上松也=金田一耕助の創造
――尾上松也さんが演じた金田一耕助は、市川版『八つ墓村』の豊川悦司さん以来、30年ぶりに映画へ登場した新たな金田一です。日本で最も有名な探偵を、どう捉え直しましたか。
「天然なのか、本気ですっとぼけているのか織り混ざっているところが可愛らしい。大人の魅力と子どもっぽいところが同居している人だと思うので、そういう金田一像をやりたかった。それから、ほかの人が気づかなかった人間の闇に、金田一だけ気づくのはなぜか。金田一の中にも闇があるということも、なんとなく表現したかったんですね」
――松也さんは、その雰囲気もすばらしいのですが、声がいいですね。渥美清さんや石坂浩二さんの金田一と同じく、声に説得力がありました。
「その意見はうれしいですね。声に触れてもらえたのは初めてかもしれない。僕は、松也さんが、すっとぼけている感じがわざとらしくないのがよかったなって思うんですよね。石坂(浩二)さんの金田一もそんな感じがありましたね」
――映画の後半で、“横溝映画の一線”を越える瞬間があります。その時、『もう私の手には負えない』と金田一が腑抜けになってしまいます。
「松竹さんからの要望と僕が手掛ける限り、避けようのない矛盾点も生じて…金田一が、いままで見たことのない形で挫折というか、腰砕けになってしまうのをやってみたかった。これが一番、横溝ファンを敵に回すかもしれないところなんですけど(笑)。あそこで辰弥が『なにやってんですか、しっかりしてくださいよ』って支える事で2人の立場が入れ替わるんです。辰弥は、自分は一体何者なのかを知ろうとして挫折する受け身な青年なんですが、あの辺りから目覚めていく。あそこは難題だと思ったんですが、僕としては上手く乗り越えられたんじゃないかと思っています」
――今回の金田一の衣装については?
「現代劇にするからには、さすがに羽織袴にチューリップハットってわけにはいかない(笑)。普通にとけこめるスタイルでありつつ、こだわった帽子は持っているんだろうなと。それで、生地の見本から選ばせてもらって、フランス在住の日本人デザイナーの方に頼んで金田一のコートもオーダーメイドしたんです」
――夜更けに、どこかへ向かう田治見家を取り仕切る双子姉妹の小梅・小竹(高島礼子)を尾行する場面では、金田一は従来のイメージに近いスタイルになりますね。
「そうそう、浴衣の上にコートを羽織る(笑)。ああいうチグハグさが僕は好きなんでしょうね。おじさんを見るとやりたくなる。『ミンナのウタ』(23)でも、マキタスポーツさんがバスローブで外に飛び出して行っちゃったりしますから」
――金田一といえば、フケまみれの髪をかきむしるおなじみの仕草ではなく、耳たぶを揉むというクセを新たに付けていますね。
「頭をかくのはもういいだろう、尾上松也版ならではの痕跡を残したいと思ったんです。松也さんと相談するなかで、耳たぶを触る癖があると聞き、取り入れました。推理や考察に入り込んで途中から『耳たぶを両方さわりましょうか』と。その時は相当混迷しているのでしょうね(笑)」
原作と映画の関係
――『八つ墓村』は今回が11回目の映像化です。原作ファンからすれば、何度映像化されても原作の重要な要素が削除されてしまう不満があります。とはいえ、原作へ忠実に映像化すれば、それが映像作品としておもしろくなるかというと別問題ですね。
「そのまま作っても成立しないと思いますね。ただ、映画でもカットされることが多い里村典子を見たくなるという意見は、僕もわかります。原作だと辰弥は典子と恋仲になりますから。その典子が登場しないのは、クラリスのいない『ルパン三世 カリオストロの城』(79)みたいなものですよね」
――清水版『八つ墓村』に典子がどう絡んでくるか、原作ファンにも注目してもらいたいですね。
「典子ファンの要望にお応え出来ているか?はさておき…僕としては、永瀬莉子さんの典子は、過去の映像化よりも、かなり原作の典子像に近いんじゃないかと思いますけどね」
――滝藤賢一さんが演じる田治見要蔵によって村人が大量殺戮される20年前のシーンは、圧巻です。それぞれ殺し方に工夫が凝らされていました。
「そのへんはもう、ジェイソンやフレディと同じように。カップルが乗る車の屋根に要蔵を仁王立ちさせて撃つところは、僕がそれを見たいと思ったから。それに、好きな人はたぶん、これを見たいはずだと(笑)」
――辰弥に村へ来てはならないと警告する濃茶の尼は、野村版では『たたりじゃ!』と連呼する老婆でしかありませんでしたが、原作では要蔵の村人殺しで夫と子どもを亡くし、気が変になったと説明されています。今回は彼女の被害者としての側面もクローズアップされています。
「そこまで描いているのがいままでなかったので、ちゃんと見せ場になるかなと思ったんです。そこになにかを感じ取ることが出来るのが金田一なので。ただ、名前は変えました。濃茶の尼って名前は、いまだと『なに?』ってなるじゃないですか。それで、ちょっと思い切ったことをやりたいと思って、現代でそういう怪しい女にするのなら、僕が直ぐに浮かんだのは、名古屋の通り魔殺人事件の『ひらひらさん』」
――2003年に名古屋で起きた連続通り魔事件では、犯人の女性が、精神に変調を来して、ひらひらした服を着て近所を徘徊していたことから、「ひらひらさん」と呼ばれていました。
「それで名前をちょっともじって、今回の映画では濃茶の尼ではなく、『フリフリさん』に」
――原作では夫と息子を亡くしたという設定でしたが、今回は笹野鈴々音さんが両親を亡くしたゴスロリスタイルの女性として演じています。川で親子が遊んでいるのを、じっと眺めている『フリフリさん』の何気ないカットからも、あの事件が彼女になにをもたらしたかを感じさせました。
「それはよかった。あのカットを僕はどうしてもやりたくて、台本でも最後まで残していたんです。編集でいろんな人たちから、『ここ要ります?』って言われかねないと思っていたんですが、あそこは金田一の孤独と共鳴するところでもあるので」
――ところで、「フリフリさん」の父親の名前には豊川浩二とありましたが、あれは金田一を演じた某俳優2人の名前を合体させたものですか?
「さあ、どうでしょう。ちなみに、冒頭で辰弥のアパートにお母さんのことを訊きに来た生活安全課の2人の刑事の名前は、市川と野村です(笑)」
――『八つ墓村』は400年前の尼子の落ち武者から、田治見要蔵、辰弥に至るまで男たちが矢面に立つ物語と思いがちですが、今回は、辰弥の母の鶴子に始まり、美也子、典子、双子の小梅・小竹、フリフリさんと、女性たちへの眼差しを随所で感じました。
「そうかもしれない。原作は辰弥の手記という形式になっているし、彼のルーツを探る旅であり、成長譚になっているんですが、僕は美也子にもそれをちょっと置きたかったんですよね。それで田治見家の屋敷の庭先で、辰弥と美也子がふたりきりで話すシーンを後々効いてくるようにしたんです」
――辰弥の名字も、原作やこれまでの映像化作品では、母の再婚相手の寺田姓を名乗っていましたが、今回は母方の姓である井川を名乗っています。
「これはプロデューサーたちと、原作ではこう名乗っていて、この版ではこうだというのを話していて、義理の父がいなかったとしたら、井川を名乗っているよねと言いながら、今回は田治見でも寺田でもなく、井川にしようと」
――世間では、清水監督が原作を無視して好き勝手に改変していると思われているようですが、実際は、原作やこれまでの映像化を踏まえたうえで、慎重に置き換えていくアレンジを随所で見ることが出来ます。
「なんで僕だけ言われるんだろう。野村版も相当なんですけどね。屋敷が燃えるのも原作にはないし、吹っ飛んだ生首が腕を噛んだりするし。オープンカーで村に乗りつける、『悪魔の手毬唄』(61)の高倉健さんの金田一はどうなるんだ!(笑)」
