漫画家・文筆家・画家ヤマザキマリが映画『オデュッセイア』と描き下ろしイラストでコラボ!「生きていくのが困難な現代のヒントが山ほど描かれている」
「リアルな描写、映画のキャパシティの広さを痛感」
クリストファー・ノーランといえば、新作が公開されるたびに映画ファンが大きな期待を寄せる現代の映画界を牽引する存在。ヤマザキも「わりと天邪鬼なので話題作をすぐに観たりはしないのですが」と前置きしたうえで、「前作『オッペンハイマー』は飛行機の中で観たのですが、ノーラン監督は大きなものを抱えて生きていく、運命に翻弄される人物を描くのが巧い監督だと思っています」とその魅力に言及する。本作のオデュッセウス然り、壁にぶつかり、葛藤する主人公はノーラン作品に共通するところなのかもしれない。
本作はその『オッペンハイマー』で悲願のアカデミー賞を獲得した直後の作品ということで、ノーラン監督自身にも大きなプレッシャーがあったのでは?と誰もが推測するところ。「それはみんなそうです。漫画だろうと文学だろうと、ヒットが出てしまうとその後の作品を産むためには、それまで使わなかた精神力が必要になります。ノーラン監督も同じはずなのですが、ここで『オデュッセイア』をテーマに選んだのがすごい。さすがです。私の夫は文学者であり『オデュッセイア』の子どものころからの愛読者なので、公開するやいなや観に行って、その夜すぐに電話がかかってきました。彼は特に冒頭に出てくるトロイの木馬の描写に感心をしていました。たしかに、(浜辺に置かれた)巨大な木馬の重力を考慮した沈み方は現実的だし、その中で一晩待ち続けなければならない人たちがどれだけ大変だったか、食べ物も食べず、トイレにもいけず、そうした描写がとてもリアルでした。神話ではそこまで詳しく書いていませんから、映画という表現のキャパの広さを痛感したようです」。
「自然の脅威を神の存在で可視化する考えが日本人とも近い価値観がある」
漫画家としてホメロスの原作から影響を受けたことも多いと語る。「この物語は、人類史上の大ベストセラーで大ロングロングセラーですよね。子どものころからギリシャ神話は大好きだったし、原作は随分前に読んでいるので、過去に映像化された作品を観ては『ここはこんなじゃない』などとツッコミを入れたりしていました。古代時代を舞台にした漫画を描こうと思ったその発想の根底には、子どものころに読んだギリシャ神話の影響も少なからずあると思います」。
続けて、古代ギリシャと古代ローマのつながり、本作が実は日本の観客にも親近感を覚える作品である理由を説明する。「そもそも古代ローマ文明は古代ギリシャから多大なる影響を受けていますし、彼らの文明そのものを吸収し、そこから形成されたものだとも言えます。いわば古代ギリシャ文明は現代のヨーロッパの根幹というか土台なので、時代が移り変わったところで彼らが築いたものが払拭されることはこの先もないでしょう。なにより、当時のギリシャ・ローマは我々日本人と同じく、“八百万の神”と共にある文明であり、一神教がベースとなり、多神教的な精神からすっかり遠ざかってしまった現代のヨーロッパよりも、その価値観は、私たち日本人の方が近いかもしれません。火山の噴火だったり、台風だったり、地震といった森羅万象の脅威に神の存在を可視化する点を取っても、時代と場所は違おうと、古代ギリシャ・ローマと日本はとても近いのです」。

