“現代のジェーン・オースティン”セリーヌ・ソン監督×ダコタ・ジョンソンが『マテリアリスト 結婚の条件』を通して見つめる、大人の三角関係
「ルーシーには強さと情熱と、同時に無邪気さがあって、それがおもしろい対比をなしています」(ジョンソン)
撮影前の数か月を監督との対話に費やしたジョンソンは、ルーシーという人物の本質的な矛盾をこう語る。「ルーシーには強さと情熱と、同時に無邪気さがあって、それがおもしろい対比をなしています。仕事上は表面的な条件で人々を引き合わせながら、自分自身のこととなると、それでは心が踊らないと気づいてしまう。彼女にとって、どちらを選ぶことも怖いんですよね。私自身もそこに共感する部分がありました。仕事をしている時は『ああ、これはできる、こうすればいい』ってわかるのに、家に帰ると『私の人生、いったいどうすればいいの?』ってなってしまう(笑)」
ソン監督はルーシーの複雑さを、“自己嫌悪”とも結びつけて語る。「クライアントのために完璧に立ち振る舞いながら、内側はボロボロ。その矛盾こそがルーシーのキャラクターの核心なんです」
ジョンソンは、『パスト ライブス/再会』がサンダンス映画祭で初披露されてすぐに評判を聞きつけ、上映に駆けつけたという。「映画を観て、すごいと思いました。心がかき乱されました」と当時を振り返る。その後も繰り返し鑑賞し、深く魅了されていた彼女は、翌年のアカデミー賞の頃にソン監督と初めて対面する機会を得た。しかし、すでに次回作のキャストは決まっていると思い込んでいたため、「軽くランチをするだけだと思った」とジョンソンは思い返す。
ソン監督のほうはといえば、テーブルを囲みながら、すでに心を決めていた。「ルーシーのソウルメイトを探すとしたら、この人だと感じた。言葉では言い表せないけれど、確信したんです」。ランチが終わる前に、「ダコタがルーシーだと思う」と、プロデューサーへメッセージを送ったという。
「これは、映画の中でキャラクターが変化する物語なんです」(ソン監督)
ソン監督が『マテリアリスト 結婚の条件』を通じて問いかけているのは、真実の愛が資本主義の論理に侵食されつつある現代への、静かな、しかし鋭い抵抗だ。「仕事では、上司に必要とされたい、クビにされないように如才なく振る舞いたいという欲求がありますよね。私たちは自分自身を商品として扱い始めている。だからこそ映画の最重要セリフは『私は商品じゃない、人間です』なんです」
ジョンソンも言葉を重ねる。「ルーシーの人生を振り返った時、最もロマンティックなことは彼女が“彼”を選んだことです。富ではなく、愛の人生を選んだ。リッチでなければ、痩せていなければ、成功しなければという刷り込みの中で、彼女は愛を選んだ。それこそが世界で最もロマンティックなことじゃないでしょうか」
ソン監督もこう続ける。「映画の始まりでは、ルーシーは愛を選べなかった女性として登場します。でも映画の終わりには、様々な経験を経て、愛を選べる人間になっている。だからこれは、映画の中でキャラクターが変化する物語なんです。演技でも、衣装でも、カメラの動き方でも、その変化を見てとれます。ひとりの女性が、より成熟した自分になっていく姿を」
条件をすべて満たした男と、心だけを差し出した男。ルーシーが最後に選ぶのは、価格のつけられないものだ。『マテリアリスト 結婚の条件』は、セリーヌ・ソンという“現代のジェーン・オースティン”が、ラブコメという形式を通じて描き出した現代の寓話である。
取材・文/平井伊都子
