ドウェイン・ジョンソン×ベニー・サフディ監督が振り返る『スマッシング・マシーン』での初タッグや1990年代への想い「模索していた時代だった」

インタビュー

ドウェイン・ジョンソン×ベニー・サフディ監督が振り返る『スマッシング・マシーン』での初タッグや1990年代への想い「模索していた時代だった」

また、負の要素を持った登場人物をリアルに描くことついてドウェインは「この作品を観ると、欠点だらけだけど、正しい行動をとろうとしている登場人物たちがいます。彼らはいつも正しい行動をとるわけではありません。時には失敗し、依存症と闘っている者もいます。しかし、どん底に落ちても彼らは立ち上がり、赦しへの希望を見つけ、すべては大丈夫だと頭を高く上げて立ち去ります。人生は混沌としていて、現実の人生はハリウッド映画とは異なります。現実の人生で私たちは、偉大さを追い求め、時にそれを成し遂げることができます。しかし、失敗した時には代償を払わなければなりません。でも、その代償を払うことが重要なのです。私はそれがアーティストとしてのベニーであることがわかっているし、それが人間としての彼であることもわかっている。つまり、作品内に見られるすべてのものが、ベニーそのものなのです」と指摘した。

鎮痛剤の依存症と闘うケアーの悲痛な姿
鎮痛剤の依存症と闘うケアーの悲痛な姿[c]2025 Real Hero Rights LLC

「私が作りたかったのは、まるで仮想現実のようなもの」(サフディ監督)

今作はHBOで製作されたドキュメンタリー映画『The Smashing Machine:The Life and Times of Extreme Fighter Mark Kerr』(02)を劇映画化した作品。過去にも、第81回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた『マン・オン・ワイヤー』(08)をロバート・ゼメキス監督が『ザ・ウォーク』(15)として映画化したように、ドキュメンタリー作品を基にして劇映画化した例はあるが、『スマッシング・マシーン』が特異なのはその再現性にある。例えば、ケアーが控え室で対戦相手と記念写真を撮影するくだりは、美術や衣装は勿論、会話の間合いまで再現されている。

【写真を見る】『スマッシング・マシーン』のTシャツを着て来日したベニー・サフディ監督が、制作当時を振り返る
【写真を見る】『スマッシング・マシーン』のTシャツを着て来日したベニー・サフディ監督が、制作当時を振り返る撮影:岸豊

舞台となった1990年代後半という時代を描くことの意義について、サフディ監督に尋ねると「私にとってこの時代設定が特別なのは、とても近いようで遠い時代でもあるという点です。それは、物事を(写真や映像で)簡単に記録できるようになった最初の時代でしたが、他人と共有できる場所がありませんでした。つまり、インターネットもYouTubeもソーシャルメディアもなかった時代です。それでも、まるで昨日の出来事のように、誰もがその時代の雰囲気を漠然と覚えているということが非常に重要な点だと思います。私がこの映画で捉えたかったのは、実際にそこにいるような感覚でした。私が作りたかったのは、まるで仮想現実のようなものです。その場所の匂いや雰囲気を感じ、登場人物たちと一緒にそこにいるような感覚を味わって欲しかったのです」と答えた。

日本人特殊メイクデザイナー、カズ・ヒロたちによるメイクで見た目もケアーそっくりに
日本人特殊メイクデザイナー、カズ・ヒロたちによるメイクで見た目もケアーそっくりに[c]2025 Real Hero Rights LLC

サフディ監督は1986年生まれの現在40歳。一方のドウェインは1972年生まれの現在54歳。筆者とは年齢が近いドウェインは「当時はまだ若かった」と自嘲しながら、本作の時代背景について自身のキャリアと絡めながらこう語った「1990年代に入ると、テクノロジー企業が台頭し始め、ヒップホップ文化が台頭しました。そして、西海岸と東海岸の抗争が起こり、スポーツ界でも野球のホームランダービーなどの革命的な変化が起こり始めました。総合格闘技(MMA)の世界でも、1990年代にはジョン・マケイン上院議員がMMAとUFCを根絶しようと先頭に立ち、選手は苦労しました。日本には格闘技やプロレスがあり、アントニオ猪木がいて、全日本プロレス、新日本プロレスがありましたが、マークはブラジルに行って戦わなければなりませんでした。1990年代には本当にたくさんのことがあったので、まさに自分たちがなにをすべきか模索していた時代だったように感じます。そしてアメリカでは、ロドニー・キング事件、O・J・シンプソン事件、暴動など、本当にたくさんのことが起こっていました。そんな中、ある男が現れて『命を危険にさらすようなことをやってみよう』と言ったんです。でも、アメリカではそんな行為はまだ一般的ではなく、始まったばかりでした。『とりあえずやってみよう』と、これが私の1990年代に対する見解です」


取材・文/松崎健夫

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