不思議な力を持つ男が殺戮を繰り返す『名無し』を犯罪心理学者の出口保行が解説!「主人公の山田太郎は“無敵の人”」
俳優の佐藤二朗が手掛けた原作を、自ら主演・脚本を務めて映画化した『名無し』(5月22日公開)。本作は佐藤が演じる中年男“名無し”=山田太郎が、“見えない”右手の凶器で無差別大量殺人を繰り返す異色のサイコバイオレンスだ。山田が凶行にいたるまでのいきさつや子ども時代は描かれているが、犯行の動機や心象風景ははっきりとはわからない。そこで、全国の少年鑑別所や刑務所で受刑者たちの心理を分析した経歴を持ち、数々の報道番組にコメンテーターとして出演している犯罪心理学者の出口保行教授を直撃!法廷画家・小野眞智子のイラストと共に、劇中で描かれる凶行と現代の犯罪の背景を解説してもらった。
「失うものがなにもない“無敵の人”が起こす“拡大殺人”が増えている」
映画『名無し』を観た出口教授はまず最初に「この作品が描いているのは、“無敵の人”による“拡大自殺”ですね」とはっきり言い切る。
“無敵の人”?“拡大自殺”? どちらも聞き慣れないワードだが、犯罪心理学の世界では近年増え続けている犯罪の傾向を示す使用頻度が高い専門用語で「“無敵の人”というのは、失うものがない人物のこと」なのだとか。「世の中で起きている殺人の多くは、加害者と被害者の面識率が90%を超えているんです。さらに親族率は60%超。要するに濃密な人間関係のなかで発生したストレスをいっきに晴らすために起きるのが基本的な殺人のパターンで、通りすがりで起きるものじゃないんですよ」。
だが、劇中の山田が起こす殺戮はそれとは明らかに違う。
「これは、昨年長野の駅前で男女3人が見知らぬ男にいきなり殺傷された事件や、2008年に秋葉原で起きた無差別殺人と同じ“無敵の人”の犯行です」。そう断定したうえで、出口教授は続ける。「誰だって犯罪を起こす動機は山ほどある。でも、やらないのは単純にリスクとコストを考えるから。捕まってしまうリスク、信頼や信用、仕事といった失うもののコストがわかっているので、動機があっても実行しない。でも、“無敵の人”は捕まっても構わない。失うものがなにもないんです。孤独のなかで湧き上がる怒りや不満を一撃必殺で吐き出すことを優先して考えているから怖いものがない。だから“無敵の人”という言い方をしているんですけど、この映画の山田もまさにそのひとりです」。
確かに近年、走行中の列車の中で乗客を無差別に斬りつけるような事件が実際に多発している。
「社会性の乏しい人間が多くなっているということですね。人間関係を求めない。社会で生きていこうとする意欲が少ない。逆に、そういった人間を受け入れようとする社会ではなくなってきているのも大きな要因です。社会が受け入れてくれれば救われる人間もいっぱいいるんだけど、社会がそうじゃないから、『どうせ誰にも相手にされない』『生きていても仕方がないし、死んだほうが楽だ』という考えになる。そして、はたと気づくわけです。『なんで俺だけがこんなことを思わなきゃいけないんだろう?』って。それが、誰かを巻き添えにして死んでやろうという“拡大自殺”を引き起こす。自分の怒りや不満を簡単に吐き出せて、いちばん騒ぎがデカくなる方法で発信したいから、従来の犯罪と違ってターゲットは誰だっていい。そんな“無敵の人”が起こす“拡大殺人”が増えているのは事実です」。
「山田の場合は、花子と離ればなれになって以降がダークモードに入る分岐点だったと思います」と出口教授は分析する。「彼が心に闇を抱えるいちばん大きな出来事がその後に起きるわけですから。それ以外のシーンでは山田の感情が伝わらないのに、あのエピソードだけ彼の心が見える。違和感があるんだけど、わざわざあの描写を入れたわけだから、あそこがひとつのターニング・ポイントなんだと思います」。
右手で触った物を消し去る特殊な能力を持っている山田。それが彼を苦しめる原因にもなっているわけだが、山田ほどではないにしても、ほかの人とは違うギフト(天才的な能力)があるがゆえに気持ち悪がられたり、社会から孤立してしまう人間は実際にいるし、出口教授も「犯罪者にも非常に優れた能力を持った人はたくさんいますよ」という。「でも、その能力の活かし方は社会適応能力があるかないかで変わってしまう。それと、『セルフエスティーム(Self-esteem)』…要は自分が持っているその能力に対する“自尊心”が高いか否かで状況は違ってくる。自尊心が低いと自分の優れた能力を訴えることができないから、犯罪でその力を使うしかない。同じ能力でも、社会適応能力と自尊心の絡み方でその扱いが分かれるんです」。

