佐藤二朗が原作・脚本・主演を務めた渾身の一作『名無し』で描いた“負”を抱えた者への眼差し「当たり前や既成概念に冷や水をかけたい」

佐藤二朗が原作・脚本・主演を務めた渾身の一作『名無し』で描いた“負”を抱えた者への眼差し「当たり前や既成概念に冷や水をかけたい」

『爆弾』(25)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した佐藤二朗が手掛けた同名の漫画原作を、自らの主演・脚本で映画化した『名無し』(5月22日公開)。佐藤が演じる奇妙な髪型の中年男、“名無し”=山田太郎が、右手で触れたものをすべて消し去る“見えない凶器”で無差別大量殺人を繰り返す。

その過激なテーマと特殊な世界観ゆえに“映像化不可能”の烙印を押された完全オリジナルストーリーを『悪い夏』(25)、『嗤う蟲』(25)などで知られる城定秀夫監督が映画化した異色のサイコバイオレンスだ。念願の企画をついに実現させた佐藤二朗は、いまなにを思うのか?作品に込めた想いと製作秘話、その過程での心の変化を訊いた。

「『爆弾』と変えなきゃ、差をつけなきゃっていう考えが山田太郎を喋らないキャラクターにしたんです」

自分が監督、主演する映画を作るつもりで本作の脚本を書き始めたという佐藤。だが、それが漫画の原作になったのは「いまの日本の映画界の現状では、(人気の小説や漫画などの原作のない)オリジナルの物語(を映画化すること)は難しい。親身に相談の乗ってくれた何人かのプロデューサーにそう言われたんです。でも、そのうちの一人に紹介された電子コミックの編集長さんの目に止まって漫画になり、それが今回の映画に繫がったんです」と振り返る。

『爆弾』の役作りで坊主頭にする前に『名無し』の撮影を行った
『爆弾』の役作りで坊主頭にする前に『名無し』の撮影を行った[c]佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ [c]2026 映画「名無し」製作委員会

そう前置きをしたうえで、佐藤は“この物語をなぜ書いたのか?”という本質的なところに話を進めていく。

「ホン(脚本)の執筆は、このお話を書きたいという想いがモチベーションになる時もあれば、このシーンをどうしてもやりたいという動機から物語を作る場合もあるけれど、今回の場合は完全に後者でした。あの冒頭のシーン。僕が演じた山田太郎は女の人とファミレスで話しながら、彼の右手には鋭利な刃物を持っている。しかしなぜか彼女は一切、出刃包丁のことに言及しないで他愛もない話を続けている。で、突然刺されて女性は『え?なにこれ?』となるし、観客も『なにを見せられているんだろう?この世界はなんなのだろう?』という戸惑いを覚える。でも、その後の回想シーンなどを通して、太郎の右手のことを知り、女性には刃物が『見えていなかったんだ』ということが観客もわかる。まず最初にそういうことをやりたいと思ったんです。完成した映画では、シチュエーションが少し変わりましたけど」。

その初期衝動について、佐藤は極めて自覚的だ。

「僕が脚本を書き、宮沢りえさんを主演にお迎えした舞台『そのいのち』で、演出の堤泰之さんから『二朗くんのホンって、ウワ~って笑っているお客さんに急に冷や水をかけるみたいな描写が必ずある』って言われたことがあるんだけど、そこは意識的にやっていて。当たり前とされていることや既成概念に冷や水を浴びせたいという思いが僕のなかにたぶんあって、それを今回もやりたかったんです」。


だが、前記のようにそのシチュエーションが少し変わったのは『爆弾』が大きく影響しているという。

当初は自ら監督するつもりだったという佐藤二朗
当初は自ら監督するつもりだったという佐藤二朗撮影/河内彩 ヘアメイク/今野 亜季(A.m Lab) スタイリング/鬼塚美代子(Ange)

「『爆弾』のお話をいただく前にこのホンを書いているんですけど、やっぱり『爆弾』と変えなきゃ、差をつけなきゃっていう考えがあって。城定監督と打ち合わせをして車で帰る時に『喋んないの、ありだな』って思ったんです。『爆弾』のスズキタゴサクは延々喋っているから、そのほうが異なるキャラクターを演じられる。人と長い間話していないから声帯が退化して潰れたような声になっているというイメージもすぐに浮かんだので、“不自由な、かすれた声”というト書きや山田の台詞はおどろおどろしい文字で印刷してもらって。喋らないキャラのほうが『名無し』というタイトルのこの映画には相応しいと思ったし、無口になるとそれだけで不穏な空気になるので、(普通の日常が思いがけない展開でガラリと変わるという)僕が最初にやりたいと思った描写は捨てることにしたんです」。

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