『ハムネット』ジェシー・バックリーとクロエ・ジャオ監督に独占取材。悲しみや喪失が持つ力を語る「これは希望に満ちた映画」
「もしあなたがその悲しみの感覚を信頼すれば、それが人間性そのものになる」(クロエ・ジャオ)
――この映画は、お二人にとってどれほど個人的なものでしたか?
バックリー「(映画は)いつも個人的なものです。そうあるべきだと思います。でも、物語を紡ぐことの大きな喜びは、アグネスという未知の存在や、この物語そのものという未知の力と向き合いながら、自分の内面と出会えることだと思います。仕事を重ね、機会が増えるほどにそう思います。クロエのようなリーダーや、友人たち、女性たち、そして人間たちと仕事をする機会が増えれば増えるほど、自分自身としてより人間らしくなること。つまり心を開き、仮面を被らず、ありのままの自分でありたいと思うようになることだと思います。それが私たち俳優の仕事です。私たちはブランドではありません。私たちは、自分のなかにあるもののための器となるべき存在なのです。それがストーリーテリングです。それは現実逃避ではなく、人間性そのものです」
ジャオ「このセッション(取材)の目的は、みんなで一緒に泣くことですよね?(笑)。とても個人的なことだと思います。ジェシーがそれを本当にうまく表現していました。ほかにやり方があったかどうかはわかりません。私にとって悲しみは非常に個人的なことで、ほとんどの人々が人生で喪失や悲しみを経験してきたと思います。私は心から、私たち一人ひとりが持ち、しかし忘れてしまった“錬金術的な力”を信じています。多くの人々がその錬金術の炎を使って、悲しみを叡智や創造性へと昇華させる方法を持っています。それは、皆さんが育ったあらゆる先住民族の文化に根ざしたものです。しかしどういうわけか、私たちは教育の過程でその力を奪われてしまったのです。ですからその空白、つまり悲しみは、愛と同様に私たち全員が経験する最も本質的な人間体験の一つであり、それを何らかの形で悪いものや間違ったものとしてレッテルを貼ったり、 物語や語りかけで覆い隠してしまうのではなく、身体で真に感じ、再び意識を向け、その悲しみに身を委ね、自分を変えていくことを許す。それこそが、いまこの瞬間、人生を少しだけ楽にしてくれるのです。それは決して無駄なことではありません。喪失は必ず起こるものです。その空虚感は私たち全員のなかにあります。しかし、もしあなたがその悲しみの感覚、その優しさを本当に信頼すれば、それが人間性そのものになるのです。それは、人間にとって“死”が“誕生”と同じくらい大きな一部であるのと同じです。そして、一度それを信頼すれば、それがあなたの人生のなかでどのように変化していくかが見えてくるでしょう。私は、その信頼によって救われました。ですから、ぜひ希望を持ち続けていただきたいと思います」
「迷っている姿を見せる勇気を持つことがアグネスにとって不可欠なことだった」(ジェシー・バックリー)
――映画を締めくくる際にアグネスが浮かべる小さな微笑み、あの終わり方に至った経緯を教えてください。
バックリー「あの瞬間、自分からなにが出てくるかはわかっていませんでした。それは安堵であり、解放でもありました。旅全体、グローブ座にたどり着くまでの過程もそうでした。グローブ座での撮影を始めた時、私は本当に途方に暮れていました。どうすればいいかわからなかったんです。まるで壮大で感情的な旅に出たような気分だったのに、その後にグローブ座の舞台に立たなきゃいけないなんて、一体どういうこと?って。どうやってそのすべてをこの瞬間に収めればいいの?どこで終わればいいの?どうやってこの旅路を解き放てばいいのか?最初の数日間は、本当に途方に暮れていました。でも、迷っていることこそが極めて重要で、人間らしいことだと気づいたんです。自分自身として、そしてこの役柄として、迷っている姿を見せる勇気を持てば、それがアグネスにとって不可欠なことだと。そして、彼女の感情を自分一人で抱えきれないと気づいたんです。すると、300人のエキストラたちが私の周りに集まり、私と共にそれを抱きしめてくれました。私たちは互いに支え合ったのです。そして、そこからあの笑顔が生まれたのだと思います。あの瞬間、ウィリアム・シェイクスピアが成し遂げたのは、私から、そして300人の人々それぞれの個人的な悲しみと、この物語に属したいという切実な願いから湧き上がるすべてのエネルギーのための入り口を作り出したことでした。だからこそ、『ハムレット』は時代を超えてこれほどまでに力強く、影響力を保ち続けているのです。シェイクスピアはこの物語を通じて、私たち一人ひとりが自分だけでは抱えきれない部分を乗り越えられるよう、その入り口を創り出したのです。それはまるで、シェイクスピアが成し遂げた安堵感や遊び心、一瞬の魔法のようなものでした。そして、物語を紡ぐことがいかに気まぐれで、かつ不可欠なものか。あの瞬間、まさにそれが起きたのだと思います。あのような結末になるとは、私には予想もつきませんでした。最初は自分自身を嫌っていたのに、こんなふうに笑顔で終わるなんて、絶対に想像もしていませんでした。あんなに大声で笑うなんて。でも、最後にはそうできたこと、笑うことができたことに、心から感謝しています」
ジャオ「ジェシーは、映画がどんなふうに終わるか知りませんでした。脚本には最後に彼女が微笑むとは書かれていません。あの瞬間、いまジェシーが説明したように、彼女の身体がそう動いた、というだけのことなんです。私は、映画のクランクアップまであと3日くらいになると、エンディングを探しているような気分になります。普段映画を観に行く時にエンディングを知らないように、私はあらかじめエンディングを決めずに撮影に入ります。ジェシーがあのように動いた際、もうそのシーンはカットがかかっていて、ただ彼女をカメラに捉え続けていただけでした。私たちは、ただそこに座って動けなかったのを覚えています。ウカシュ(・ジャル、撮影監督)は『そのままカメラを回しておいて』と言っていました。そして、私たちは一体なにを待っているのかわからないまま座っていたんですが、彼女が笑い出したとき、みんなも笑ってしまったんです。だって、彼女が最後に発したあの笑い声、 あれはそういう類のものですよね。深い痛みから生まれるものでした。その反対側には深い喜びがあり、悲しみと喜び、すべてがそこにありました。その境界線はとても薄いんです」
ジャオ「私はタントラの伝統について、たくさん学んできました。例えば、性的トラウマからの癒しを行う時、とてつもない痛みを抱えていると、ある時点でその痛みが耐え難いほどになることがあります。適切な受け皿があれば、その境界線をほんの少しだけ越えていくような感覚が生まれるんです。すると突然、すべてを受け入れるような感覚が訪れ、それまでブロックされていた大きな快楽が身体の中へと流れ込んでくるのです。まさにそれが、アグネスに起こったことでした。息子の死から1年が経った時の痛みが、ある瞬間、その境界線を越えたのです。プロデューサーの一人であるサム・メンデスがその映像を見た時、彼はこう言いました。『まるで彼女が10歳若返ったかのようだった』と。その瞬間、彼女は10歳若返ったのです。なぜなら、それが生命エネルギーであり、カール・ユングが言うところのリビドーが解き放たれたのです」
――そして、映画を観たあとにずっと残り続けるのは彼女の笑顔です。
ジャオ「そう、希望があるんです。これは希望に満ちた映画です。ぜひ皆さん、『ハムネット』はとても希望のある映画だとお伝えください」
取材・文/平井伊都子
