『ハムネット』ジェシー・バックリーとクロエ・ジャオ監督に独占取材。悲しみや喪失が持つ力を語る「これは希望に満ちた映画」

『ハムネット』ジェシー・バックリーとクロエ・ジャオ監督に独占取材。悲しみや喪失が持つ力を語る「これは希望に満ちた映画」

世界で最も著名な劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの成り立ちを、妻や子どもたちとの関係から描く『ハムネット』(公開中)。『ノマドランド』(20)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞したクロエ・ジャオが、マギー・オファーレル著の同名小説を映画化した。

悲劇に立ち向かうシェイクスピアの妻アグネスを演じたジェシー・バックリーは、今年3月の第98回アカデミー賞で主演女優賞を受賞している。本稿では、昨年11月のロサンゼルス・プレミア直前に行われたクロエ・ジャオ監督とジェシー・バックリーの独占取材の様子をお届け。ラストシーンの表情についてまでを語ってくれた。

「どんな映画にも固有の宇宙があり、固有の生態系がある」(クロエ・ジャオ)

ーーウィリアム・シェイクスピアの人生については様々な解釈がありますが、彼の妻アグネスについてはさらに謎に包まれています。どんなリサーチをされたのでしょうか。

クロエ・ジャオ(以下、ジャオ)「まず、原作者のマギー・オファーレルがふんだんなリサーチを経て書いた原作小説を拠り所にしました。それから、俳優たちからもリサーチをしました。彼らはシェイクスピア作品に関する深い経験を持っているだけでなく、シェイクスピアの言葉や戯曲と真剣に向き合い、自分たちなりの作業をしてくださいました。そしてなにより、現場でその瞬間瞬間に彼らが持ち込もうとする“真実の感情”、それが私の北極星でした。その感情は、文字通りの史実ではありません。しかし、私たち自身が描こうとしているこの宇宙の法則と愛に対して、真実だと感じるもの。どんな映画にも固有の宇宙があり、固有の生態系があります。それがすべてでした」

ジェシー・バックリー(以下、バックリー)「正直、史実の部分にはあまり興味がなかったんですよ。映画の準備を始めると、『必要なものをすべて摂取しなければ』という強迫観念のような不安でいっぱいになります。私も『チューダー朝英国人の日常生活』のような本を買ったりして、ああだこうだと10ページくらい読んだところで、『これは私には関係ないな』と思いました。それよりも、私やマギー、クロエの想像のなかのアグネスが、いったいどんな“鼓動する心”を持っているのかを知ることに夢中になりました。そうすることで、私たちが作り出そうとしている世界のなかで、目の前に立つ人物と向き合い、彼女が築く人間関係に心を動かされることができるようにしたかったのです。結局のところ、誰も映画の登場人物についてなにも知らないのですから。シェイクスピアがトーストになにを塗って食べていたかも、誰が戯曲を書いたかどうかも、そんなことはどうでもいいのです。重要なのは、物語が与える影響であり、彼は時代を超えてたしかな存在感を放ち続けてきた、まぎれもない物語の語り手なのです。私たちが好奇心を持つべきはそこだけなのです。ですから、私も同じ直感で私たちの映画に向き合い、命を吹き込もうとしたのだと思います」

【写真を見る】シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語
【写真を見る】シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語[c]2025 FOCUS FEATURES LLC.

ジャオ「補足すると、人々は物語性を好むものです。史実に忠実な部分もあれば、ポール(・メスカル、シェイクスピア役)のヘアスタイルは、史実との整合はありません。歴史的に正確な資料を見せてもらったんですが、『ありえない』と思いました。ポールにはセクシーでいてもらいたかったので(笑)。優先順位はいろいろあるんです」

「物語とは、私たちが考えるようなコントロールできるものよりもずっと大きな存在」(クロエ・ジャオ)

――ジャオ監督の過去作、特に『ノマドランド』とのつながりはあると思いますか?

ジャオ「この作品とどうやって出会ったかというと、スティーヴン・スピルバーグのアンブリン社が『ハムネット』を作ろうとしていて、声をかけてもらったんです。とてもうれしかったです。そして『ノマドランド』とのつながりは…いまのところはないと思います。人生を旅しているうちに、こうした物語が道中で自分を見つけてくれる、そういう類のものなんです。今朝、『この作品から次のアイデアは生まれましたか?』と聞かれましたが、私はいつも、『そういうふうには計画していない』と答えています。物語とは、普段私たちが考えるようなコントロールできるものよりもずっと大きな存在だと思っているから。物語はいまや、コントロールできるものとして見られがちです。まるで『これが私のキャリアプランで、これから語る物語だ』というように。そして私たちは、まるで物語を操る神のような存在であるかのように振る舞っています。でも、古代の人々や神秘主義者たちは、物語が私たちよりもはるかに大きな生き物であり、その過去、現在、未来は、私たちが理解できないどこかに存在していることを知っていたのだと思います。そして、少なくとも私にとっては、物語に対して敬意を持ち、物語自身のタイミングを尊重することが重要だと思います」

『ノマドランド』で第93回アカデミー賞作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督
『ノマドランド』で第93回アカデミー賞作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督[c]A.M.P.A.S.

ジャオ「物語は、いつ自分たちが生まれたいと願うのでしょうか?私がそう話した時、ある人がこう言いました。『子どもを持つタイミングは自分では選べないもの。私たちはあらゆる技術を使って物語が生まれるように試みることができますが、子どももまた、生まれるべき適切な時期のあなたを選んでやってくるのです』と。私は母親ではありませんが、物語についてはそう言えると思います。もしあなたが招き入れ、心を開き続け、自分とは何者なのかを探求し続け、その内面的な取り組みを続けていれば、適切な物語が適切なタイミングで私のもとにやってくる。なぜなら、その物語は私を選び、私に語りかけることを決めたからです。そういう生き方は、健康保険を失うかもしれないという点でたしかに少しストレスが多いのですが(笑)。でも、物語がやってくるのを待つほど、その物語は共鳴するのだと気づきました。なぜなら、はるかに大きななにかが、世界に必要なものを知っているからです。私はただ、その導管に過ぎない」

――では、『ハムネット』という物語はあなたになにを示したと思いますか?

ジャオ「スティーヴンが私に声をかけたのは、私が“喪失”を知っているからだと思います。私の最初の作品をいくつか観ればわかりますが、すべて“喪失”をテーマにしていました。アイデンティティの喪失信仰の喪失、故郷の喪失、目的の喪失。そして、それを錬金術によって変容させること。居留地のコミュニティ、馬、自然、道、終末…なにか錬金術的なものを通じて、キャラクターたちは幻想から抜け出し、喪失と悲嘆を通じて、本当の自分になっていく。だからこの物語は私を信頼してくれました」


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