『花緑青が明ける日に』をクロスレビュー!森直人、SYO、数土直志、大島依提亜が“新世代の青春アニメ”の魅力を深掘り

『花緑青が明ける日に』をクロスレビュー!森直人、SYO、数土直志、大島依提亜が“新世代の青春アニメ”の魅力を深掘り

ベルリンが気づいた美しさと新しさ/数土直志

2026年1月、第76回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門公式出品作品が発表されると映画やアニメ関係者に驚きが広がった。四宮義俊監督の『花緑青が明ける日に』が作品の1つに選ばれたからだ。長い歴史の映画祭は多くの日本映画を見出してきたが、これまで日本のアニメーションからは山本暎一監督『哀しみのベラドンナ』(73)、宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』(01)、新海誠監督『すずめの戸締り』(22)しか選ばれていない。選考された時点で2人はキャリアも長く、国際的にも知られた存在であった。一方の四宮監督は、本作が長編アニメーション初監督。そもそもキャリアの軸は日本画で、アニメーションの世界で必ずしも知られているわけでない。

長編デビュー作にして第76回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門公式出品作品となった
長編デビュー作にして第76回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門公式出品作品となった[c]2025 A NEW DAWN Film Partners

発表後、すぐに何人かの知人から、「四宮義俊ってどんな人なの?」と聞かれた。直ぐには答えられない。いくつかのアニメーション制作に参加していたことは知っていたし、渋谷の街頭ビジョンで展開した「トキノ交差点」の幻想的な映像は覚えている。ただアニメーションの監督・演出となると、どんな作品になるのか皆目見当がつかないのが正直なところ。
「いままで知られていない監督、これまでのアニメーション映画にはない新鮮さが期待されているのではないか」
とっさにでた言葉だが、後日、鑑賞する機会を得ると『花緑青が明ける日に』の魅力はまさにそこにあった。きっとベルリン映画祭のスタッフは本作を観た時に「みつけた!」と思ったに違いない。

これまでのアニメーション映画にはない新鮮な作画
これまでのアニメーション映画にはない新鮮な作画[c]2025 A NEW DAWN Film Partners

新しさのひとつはアニメーション表現だ。手描きの作画、平面的なスタイルは、宮崎駿や新海誠にも共通する日本らしい手法だ。しかし、『花緑青が明ける日に』は、日本アニメの特徴であるキャラクターを縁取る明確な輪郭を持たない。主人公の敬太郎、カオル、チッチたちの姿は背景美術と連続し、画面全体のひとつになる。平面さは日本アニメの特徴ではあるが、本作では平面であることがより強調される。それは四宮の日本画家ならではの表現なのだろう。まるで美しいスケッチや絵本が生命力を持って動き出すかのよう、最後の花火のシーンはこれぞアニメーションの極致と思わず声をあげたくなる。

しかし美しい映像をみせつつ、ただの心地よい体験にとどまらないのが本作のもうひとつの魅力だ。『花緑青が明ける日に』を爽やかな青春映画だと思うと見誤る。古い家からの立ち退きには都市開発と地域の問題が示唆される。画面にしばしば映るメガソーラーの太陽光パネル、そこから垣間見える社会性。ただそれは強く主張せず、観るものに委ねられている。

共感こそが本作の最大の魅力
共感こそが本作の最大の魅力[c]2025 A NEW DAWN Film Partners


物語の最後に社会的な解決が与えられたのかは、観てのお楽しみだ。ただ敬太郎、カオル、チッチのなかでは、自分自身の答えは見つかったはずだ。心地よさのなかに漂う不穏さ。それはいまを生きる若者の現実でもある。『花緑青が明ける日に』が魅力的なのは、そうした作品に潜んだ観るものへの共感なのだ。

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