“危険”なストーリー設定のもとで変則的に浮かび上がる、旅の本質『コンパートメントNo.6』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

“危険”なストーリー設定のもとで変則的に浮かび上がる、旅の本質『コンパートメントNo.6』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第10回は、2021年に第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得し、アカデミー賞国際長編映画賞でもフィンランド代表として選出されるなど、賞レースにおいて強い存在感を示した『コンパートメントNo.6』(21)を取り上げ、“異質な旅”がなぜ人々をひきつけたのかを読み解いていきます。

“異質な旅”を描く『コンパートメントNo.6』

ストーリーは主人公の旅だと比喩的に語られることが多く、僕もよくそんな説明をします。
旅そのものを物語にしたものも少なくありません。特定の場でドラマが展開する演劇とは異なって、移動によって変化する光景をリアルに捉えることのできる映画は、旅を題材にすることを得意にしています。

第二次世界大戦後、大戦で疲弊した欧州を経済的に救済するためにマーシャルプランという経済援助政策がアメリカによって実施され、こうした戦後の経済状況のもとで、アメリカの映画会社はヨーロッパでの興行収入を本国に持ち帰ることができなくなりました(フローズンダラー)。ただし、ヨーロッパで使うのならよいということにもなり、ハリウッドの映画人らは次々とヨーロッパに赴き、ヨーロッパで撮影をしました。ちょうどカメラやフィルムが技術的に向上している最中だったので、ヨーロッパの美しい風景を背景にさまざまな名作が撮られることになったわけです。この制作方法を“ラナウェイ・プロダクション”と呼ぶことは映画評論家の山田宏一氏に教わりました。ジョン・フォードは『静かなる男』(52)を撮るために、意気揚々とアイルランドに出かけたそうです。『ローマの休日』(53、ウィリアム・ワイラー監督)や『旅情』(55、デヴィッド・リーン監督)もこの方法で撮られた名作です。

ローマでロケ撮影が行われた、オードリー・ヘプバーン主演の『ローマの休日』
ローマでロケ撮影が行われた、オードリー・ヘプバーン主演の『ローマの休日』[c]Everett Collection/AFLO

先日、ようやく『コンパートメントNo.6』を観る機会を得ました。タイトルからして旅の映画であることがわかります。ロサ・リクソムによる原作は、フィンランド文学賞を受賞したほかこれまでに13ヶ国語で翻訳されているようです。監督はフィンランドのユホ・クオスマネン。本作にて、カンヌ映画祭のグランプリを獲得したほか、アカデミー賞のフィンランド代表に選出されたり、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされています。なので、この映画の優れた点については、さまざまな批評家によってさまざまな角度から論じられているはずです。が、旅の映画としては極めて異質な点が面白いと思った僕は、このコラムでは、この異質さをストーリーの観点から語ってみたいのです。

なりゆきで始まった主人公の旅

旅の映画は、当然のことですが、ほとんどが旅立ちからはじまります(中には『エイリアン』のようにすでに旅の途中から映画がはじまるものもありますが)。そして、旅立ちにはいくつかのタイプがあるのです。「誘われて旅立つ者」「自らの意思で出発する者」「現状に嫌気がさして旅に出る者」「いやいやながら出発する者」「使命を帯びて旅立つ者」などと分類できます。エンターテイメント系の映画では後者の2つ(いやいや旅立つ。ある種の義務感を感じつつ旅立つ)が優勢だ(『スター・ウォーズ /新たなる希望 (エピソード4)』や『ミッドナイト・ラン』)。前者3つはアート系の映画が得意とするタイプです(『わたしに会うまでの1600キロ』)。

2005年にアカデミー賞脚色賞を受賞した『サイドウェイ』
2005年にアカデミー賞脚色賞を受賞した『サイドウェイ』[c]Everett Collection/AFLO

しかし、『コンパートメントNo.6』の旅立ちは先のパターンのどれにも当てはまりません。ヒロインはなんとなく旅に出てしまう。本作はまずは旅立ちからして異質です。主人公がなんとなく旅に出てしまうというタイプもないわけではありません。『サイドウェイ』(04、アレクサンダー・ペイン)の主人公は、結婚式を目前に控えた友人のバチュラーパーティの旅に同行します(この旅行自体がバチュラーパーティに組み込まれているようです)。ただ、主人公は、出版代理店に提出した小説が出版されるかどうかが気になっていて、乱痴気騒ぎなどする気にはなれません。このギャップがバディものとしての味わいをじわじわと効かせてきます。
 
ところが、『コンパートメントNo.6』における旅立ちの“なんとなくぶり”はもっとすごい。旅に出たくて出たわけでもなく、命令されて(任務を帯びて)出発したわけでもなく、出発せざるを得なかった事情があったわけでもない、ほとんどなりゆきで「旅に出てしまった」という言い方がいちばんフィットする。この「出てしまった」的な旅立ちは、哲学者である國分功一郎の「中動態」という言葉を思い起こさせます。


主人公のラウラは急遽一人旅に出ることに…
主人公のラウラは急遽一人旅に出ることに…[c]Everett Collection/AFLO
■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語
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