『時をかける少女』から19年、最新作『果てしなきスカーレット』までのスタジオ地図のヒロイン像の変遷をたどる

コラム

『時をかける少女』から19年、最新作『果てしなきスカーレット』までのスタジオ地図のヒロイン像の変遷をたどる

細田守監督率いる「スタジオ地図」が紡ぎ出してきた作品群の魅力の核には、困難な現実に直面しながらも、自らの意志で未来を切り開こうとするヒロインたちの存在がある。最新作『果てしなきスカーレット』(公開中)では、父の復讐のために戦い、新時代のリーダー像も表している王女のスカーレットという、いままでの作品とも違う色のヒロインが描かれている。

『時をかける少女』(06)のみずみずしい疾走から、最新作で描かれる≪死者の国≫での闘争まで、スタジオ地図作品のヒロイン像はどのように変遷し、なにを一貫して描き続けてきたのか。その軌跡をひも解く。

「私」から「公」への目覚め

スタジオ地図の名を世に知らしめた『時をかける少女』(06)のヒロイン・紺野真琴は、その後のヒロイン像の原点とも言える存在だ。彼女は快活で直情的だが、恋愛には奥手という、どこにでもいる等身大の女子高生である。

タイムリープという非日常の力を手にした真琴。やがて自分の自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づく(『時をかける少女』)
タイムリープという非日常の力を手にした真琴。やがて自分の自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づく(『時をかける少女』)[c]「時をかける少女」製作委員会 2006

そんな彼女が手に入れたタイムリープという非日常の力。最初は、その強大な力を「昨日食べたプリンを取り戻す」「カラオケの時間を延長する」といった、極めて私的な、ささいな欲望のために消費していく。その未熟さこそが、真琴というキャラクターのリアリティであった。しかし、自分の行動が他者の運命を意図せず狂わせていくことに気づき、やがて取り返しのつかない喪失に直面する。

真琴は、未来からやってきた千昭のために、最後のタイムリープを使うことを選ぶ(『時をかける少女』)
真琴は、未来からやってきた千昭のために、最後のタイムリープを使うことを選ぶ(『時をかける少女』)[c]「時をかける少女」製作委員会 2006

真琴は、力を使い果たした最後のタイムリープで、自分のためではなく、他者(クラスメイトで友達の千昭)のために行動する。そして、時間という有限で不可逆なものの尊さを知り、超常的な力に頼るのではなく、自らの足で未来へ向かって走り出す“選択”をする。ここに、「日常をどう生きるか」という、スタジオ地図作品に通底するテーマの原型が見える。

『サマーウォーズ』のヒロインは、大家族・陣内家のアイドル的存在、夏希
『サマーウォーズ』のヒロインは、大家族・陣内家のアイドル的存在、夏希[c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

続く『サマーウォーズ』(09)の篠原夏希は、一見すると完璧なヒロインとして登場する。容姿端麗、文武両道、大家族・陣内家のアイドル的存在。だが、その内面には、主人公・健二を婚約者のフリという嘘にためらいなく巻き込んだり、一族の厄介者とされる陣内家に引き取られた養子・侘助おじさんに長年憧れたりと、少女特有の稚拙さを抱えている。彼女は、学校で見せる「公」の顔と、健二の前で見せる「私」の顔にギャップのある、未熟な少女でもあった。

曽祖母の死と健二の奮闘によって、夏希は守られる側から一家を支える側へと成長していく(『サマーウォーズ』)
曽祖母の死と健二の奮闘によって、夏希は守られる側から一家を支える側へと成長していく(『サマーウォーズ』)[c]2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS

彼女の成長の転機は、2つの出来事によってもたらされる。ひとつは、絶対的な守護者であった曽祖母・栄の死。そしてもうひとつは、当初は当て馬程度にしか見ていなかったであろう健二が、世界の危機に立ち向かう奮闘の姿だ。

守られる側から、一族を支える側へと強制的に立場を転換させられた夏希。彼女は健二の持つ本質的な強さに胸を打たれ、クライマックス、仮想世界<OZ>(オズ)での決戦に臨む。あの花札勝負は、栄おばあちゃんから受け継いだ陣内家の誇りと、健二が守ろうとした「世界(=公)」の両方を背負うという、彼女自身の決意表明にほかならない。

この時期のヒロインたちは、日常(あるいはその延長線上の非日常)を舞台に、「私」のための選択から、「他者」や「公」のための選択へと踏み出す成長の物語を体現していた。

「母性」と「導き手」へのシフト

『おおかみこどもの雨と雪』の主人公は、ニ児の母、花。母として、一人の女性としての成長が描かれる
『おおかみこどもの雨と雪』の主人公は、ニ児の母、花。母として、一人の女性としての成長が描かれる[c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

『サマーウォーズ』で家族というテーマを鮮烈に描いたスタジオ地図は、『おおかみこどもの雨と雪』(12)で、さらに踏み込んだ女性像を提示する。主人公の花は、二児の母。彼女の物語は、真琴や夏希が体験した「少女から大人へ」という成長とはまた異なる、「母として、一人の女性として」の成長が描かれている。

彼女は、愛する人であるおおかみおとこの突然の死という喪失に直面し、2人の特異な子どもを育てるという重責を一人で背負う。彼女が“戦う”相手は、仮想世界の敵ではなく、「ワンオペ育児の過酷さ」「子どもの秘密を守るという重圧」「人里離れた土地での厳しい自然」といった、逃れようのない現実そのものである。

おおかみとして生きること、人間として生きることに悩む子どもたちに寄りそう花(『おおかみこどもの雨と雪』)
おおかみとして生きること、人間として生きることに悩む子どもたちに寄りそう花(『おおかみこどもの雨と雪』)[c]2012 「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

彼女は困難のなかで、子どもたちが人間とおおかみ、どちらの生き方も自ら選択できる環境を整えるため奮闘し、やがて彼らの選択を受け入れ、送り出す強さを身につけていく。その姿は、圧倒的な「生命力」と「母性」の象徴であると同時に、一人の女性が困難を経て精神的な成熟を遂げる成長の記録と言えるだろう。

同作にはもう一人のヒロイン、娘の雪が登場する。物語の語り部である彼女は、幼少期はおおかみの本能が強かったが、成長と共に人間社会との軋轢に悩み、人間として生きる道を選択する。花という「母」の成長の物語と、雪という「娘」の選択の物語が、作品の縦糸と横糸を成している。


渋天街から渋谷に戻った九太が出会ったのが、女子高生の楓だった(『バケモノの子』)
渋天街から渋谷に戻った九太が出会ったのが、女子高生の楓だった(『バケモノの子』)[c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

続く『バケモノの子』(15)のヒロイン・楓は、主人公・九太(人間界の名前は蓮)を導く者として登場する。彼女自身も進路に悩む等身大の受験生だが、バケモノ界で育ち、人間界の「知」を持たなかった九太に勉強を教え、心の支えとなる。

花のような「母」ではないが、九太が2つの世界(バケモノ界と人間界)で生きていくアイデンティティを確立し、自身の心の闇と向き合うための「道しるべ」となる。この時期、スタジオ地図作品のヒロインは、『時をかける少女』の真琴、『サマーウォーズ』の夏希という自らが成長する存在から、自分の子どもや主人公など他者の成長を「支え、見守り、導く」存在へと、その役割の比重がシフトしていることがわかる。

楓から学ぶ楽しさを教えてもらった九太。渋谷と渋天街、そして楓を守るために戦う!(『バケモノの子』)
楓から学ぶ楽しさを教えてもらった九太。渋谷と渋天街、そして楓を守るために戦う!(『バケモノの子』)[c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

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