倍賞千恵子&木村拓哉、山田洋次監督91作目『TOKYOタクシー』で見せた“挑戦”と“素顔”「2人でお芝居ができて本当によかった」
「いまを大切に過ごすことが、歳を重ねることに繋がっていく」(倍賞)
――本作は、すみれと浩二がタクシーに乗りながら心を通わせていく旅を描くと共に、2人が人生という旅路を語っていく作品でもあります。そんな彼らの姿を通して、“これからの生き方”について想いを馳せる人も多いかもしれません。お2人はいま、“歳を重ねること”についてどのように感じていますか?
倍賞「木村くんより、私の方が歳を重ねているかしら(笑)?私は少し前に、『死ぬとか、生きることってどういうことなんだろう?』とよくわからなくなったことがあって。よくお蕎麦屋さんで会うご住職がいたので、『死ぬってどういうことなんでしょう?』と聞いてみたんです。すると、しばらく考えてから『生きることですね』という答えが返ってきました。そこで少し肩の荷が降りたようなところがあって、『いまの時間を大事にしよう』と思いながら生活しています。いまを大切に過ごすことが、歳を重ねることに繋がっていくわけですから。
『TOKYOタクシー』では、すみれさんが戦争について語る場面もあります。いまの世の中、あちこちで戦争が起きていて。おかしいことだと思いながらも、なぜ戦争が広がっていってしまうのだろうか。改めて自分の心のなかでも整理して、考えていかなければいけないなと思っています。今回は戦後80年を迎えた年に、木村くんや新しいスタッフの方とも出会いながら『TOKYOタクシー』というひとつの山に登ることができて、すみれさんのセリフを通して戦争に触れることもできました。気持ちが通じ合える人たち、そして今回のようなすばらしい作品と出会いながら、日々を過ごしていく。最近はそれが、歳を重ねることなのかなと感じています」
木村「いつもはまったくそういうことを考えてなそうな同期から、『俺たち、海に入れたとしてもあと20回くらい。海で過ごす夏は、あと20回くらいだろう』と言われた時に、そういう冷静な見方があるのかと思って。そんなことを言うキャラクターだとは思っていなかったので、彼のなかにあるセンシティブな部分を垣間見たような気がしましたが、僕自身、そういった目線をきちんと持つことができているかは微妙です。
“歳を重ねること”という意味で最近思うのは、自分自身が歳を重ねたことによって感じるズレというか。この仕事ではいろいろなジェネレーションの方とご一緒する機会がありますが、『いまはこういうことはダメです』というルールについて理解に苦しむ時もあります。例えば『TOKYOタクシー』という山に登ろうとなった時に、大きな荷物を持っている人がいたとします。こちらとしては『いくらでも手伝うよ』と思うんですが、それすらもできないような状況があったり。熱くなったり、楽しくしたり、踏ん張れる時は、一緒に踏ん張ろうよと言いたくても、いまはそれが難しいこともある。一緒に過ごしてきた時間や関係性をデリートして、ルールだけに当てはめようとするのは難しいことだなと感じたりもします」
「すみれさんとの出会いは、浩二にとってはいままで経験したことがないようなもの」(木村)
――本作を通して、“出会いのよさ”について感じたことがあれば教えてください。
倍賞「キャメラのあるところで、木村くんと2人でお芝居ができて本当によかったなと思っています。私は『男はつらいよ』で渥美清さんと長年ご一緒させていただいていましたが、渥美さんって目が細いんですよ。悲しいシーンでは、その細い目の奥の方がウルウルっとなったりして、それがとてもステキだったんですね。今回は木村くんが運転席にいて、私が後ろの席に座っていました。すると、バックミラーを通してキャッチボールをしているような瞬間も多くて。バックミラーいっぱいに彼の目が映ると、すごく目力があってドキッとしたりして(笑)。そういった心の触れ合い方ができて、毎日とても楽しかったです」
――すみれにとっても、浩二との出会いはとても大切なものになりました。
倍賞「すみれさんは、施設へ向かうために浩二さんのタクシーに乗るんですが、やっぱりその状況は寂しいものでもありますよね。お金があって、贅沢もできて、景色のいい施設に入れたとしても、彼女はとても寂しい想いをしていたんじゃないかと思います。そんななかで浩二さんと出会い、彼が自分の話に耳を傾け、理解して、受け止めてくれた。そこですみれさんが、どれほど救われたことか。ステキな人に出会えて、本当によかったなと思いました」
木村「もともと浩二にとってすみれさんは、長い距離を走らせてもらえるお客さん。それだけの関係だったものが、浩二はすみれさんを通して、戦火の恐ろしさやせつなさ、苦しさ、匂いまで感じていくことになります。人と人の出会いによって、得られるもの。もしくは命のビートがピタッと止まった時に、なにが残り、なにを思うのか。それは出会えた人によってまったく違うものになると思いますが、たった1日、たまたまタクシーに乗せたお客さんであるすみれさんとの出会いは、浩二にとってはいままで経験したことがないようなものになった。浩二にとって、かけがえのない存在になったんだなと感じています」
取材・文/成田おり枝
