『盤上の向日葵』にも登場の真剣師とは?賭け将棋に生き、プロにも勝利した破天荒な生き様に迫る

コラム

『盤上の向日葵』にも登場の真剣師とは?賭け将棋に生き、プロにも勝利した破天荒な生き様に迫る

映画『盤上の向日葵』(公開中)は、「孤狼の血」で知られるベストセラー作家、柚月裕子の同名小説を原作とするヒューマンミステリーだ。山中で発見された謎の白骨死体。その遺体が手にしていた希少な将棋駒から浮かび上がった事件の容疑者は、将棋界に突如現れた天才棋士、上条桂介(坂口健太郎)だった。一躍時の人となった上条の過去をたどるなか、その人生に大きな影響を与えた伝説の真剣師、東明重慶(渡辺謙)の存在が明らかになる…。

賭け将棋を生業とし、時にプロに匹敵する実力者もいた真剣師

本作で重要なのが、「真剣師」の存在だ。真剣師とは、賭け将棋(賭け碁、賭け麻雀なども含まれる)を生業とする人間のこと。と言ってもあくまでアマチュアで、プロではない。アンダーグラウンドな世界ゆえ、その実態は明らかではないが、1950~60年代にはプロに匹敵する実力者が、全国で数十人は存在したとも言われる。

棋界に突如現れた天才棋士、上条桂介
棋界に突如現れた天才棋士、上条桂介[c]2025 映画「盤上の向日葵」製作委員会

真剣師は、街中の道場でアマチュア棋士相手に、「一局いくら」の賭け金で勝負を挑み、勝てばそれが収入となる。賭け金は高額で、時には数十万円に達することもあり、名の通った真剣師には乗り手と呼ばれる出資者もついたという。しかし、強いからといって勝ちすぎると対戦を避けられ、生活が成り立たない。そのため、賭け金に差をつける(「倍層」と呼ぶ)、隙を見せて相手に「勝てそう」と思わせる(時には、わざと負けることも)などの技量や駆け引きが必要となる。

【写真を見る】坂口健太郎演じる天才棋士に影響を与える真剣師、東明重慶を渡辺謙が熱演!
【写真を見る】坂口健太郎演じる天才棋士に影響を与える真剣師、東明重慶を渡辺謙が熱演![c]2025 映画「盤上の向日葵」製作委員会

短すぎる生涯を駆け抜けた“新宿の殺し屋”こと 小池重明

真剣師のなかで、いまも語り草となっているのが、“新宿の殺し屋” 小池重明だ。1947年、名古屋に生まれた小池は、高校時代に頭角を現すと21歳で上京。1979年には日本将棋連盟の機関紙「将棋世界」が主催したプロとアマの対戦企画でプロ棋士に勝利し、「プロ、落城の日」の見出しが誌面を飾った。

1980年に全日本アマ名人戦に参加した際は、徹夜明けの泥酔した状態で会場に現れ、対局中に居眠りする有様だったが、それでも優勝し、タイトルを獲得。この時、記録係を務めていた当時小学生の羽生善治九段は、のちに小池の様子を「随分と変わった将棋を指す人」と振り返っている。さらに、1982年に将棋専門誌の企画でプロ棋士の森雞二九段(もりけいじ・当時八段)と対戦し、三連勝している。

それほどの実力を持つ小池は、1982年に日本将棋連盟会長の大山康晴十五世名人のアドバイスを受け、特例でプロ入りを目指したが、棋士総会で賛同を得られず、頓挫。というのも、小池は女性関係や飲酒、金銭にだらしなく、それが原因で職場を転々とするなど、素行に大きな問題があったというのだ。その後も寸借詐欺事件を起こすなどした挙句、表舞台から姿を消し、1992年に44歳で世を去った。

“新宿の殺し屋”と呼ばれた小池だが、素顔は気さくでお人好し、情に脆いなど、愛される人柄だったらしく、晩年の小池と交流のあった作家、団鬼六は、その生き様を著書に書き残している。小池に三連敗した森も、直後に獲得した棋聖の就任式に小池を招待し、「憎めない人」と評している。

『盤上の向日葵』にも登場する伝説の将棋指し、真剣師たちの生き様に迫る!
『盤上の向日葵』にも登場する伝説の将棋指し、真剣師たちの生き様に迫る![c]2025 映画「盤上の向日葵」製作委員会


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