高橋海人が『君の顔では泣けない』で示した俳優としての現在地――繊細さと力強さを往復する表現の軌跡

コラム

高橋海人が『君の顔では泣けない』で示した俳優としての現在地――繊細さと力強さを往復する表現の軌跡

“男性として生きてきた女性”という難役に挑戦した『君の顔では泣けない』で示した成熟

陸とまなみの同級生役に、連続テレビ小説「あんぱん」にも出演した中沢元紀(『君の顔では泣けない』)
陸とまなみの同級生役に、連続テレビ小説「あんぱん」にも出演した中沢元紀(『君の顔では泣けない』)[c]2025「君の顔では泣けない」製作委員会

最新作『君の顔では泣けない』で高橋が挑むのは、入れ替わりものという王道を踏みつつ、“15年経っても元に戻らない”というユニークな設定を持つ物語だ。高校1年生の夏、坂平陸と水村まなみは体が入れ替わるが、解決しないまま時間だけが流れ、気づけば30歳。家庭や仕事、人間関係を抱えた大人として、それぞれが“本来の自分”を置き去りにしたまま生きてきた。そんな2人の停滞した時間が、まなみの「元に戻る方法がわかったかも」という言葉で再び動きだす。

高橋が演じる“陸として生きてきたまなみ”は、外見は男性、だが心の奥には女性としての時間が確かに流れている。その二重のアイデンティティを、姿勢や声色、ちょっとした癖のような“ズレ”に落とし込む必要があり、感情の微妙な揺らぎを表情の奥に宿さなければならない。まさに、積み重ねてきた“見えない15年間”を演じることが求められる難役と言える。

高橋は、この複雑な構造を表情と動作のわずかなズレで表現している。歩く速度、視線の流し方、言葉を発する前のわずかな呼吸。そのすべてに“もう一人の自分”を感じさせる繊細な演技が光っていた。作中では、ふとした仕草や表情の陰りに“元の自分”を取り戻そうとする瞬間が映しだされており、彼の何気ない顔に胸が苦しくなる瞬間もあった。身体と心の違いを隠しながら生きる人物を、力みのない演技で真摯に演じきった彼の姿からは、役者としての覚悟と成熟が伝わってくる。

俳優、高橋海人の進化はどこまで続くのか

近況報告のため、2人が毎年必ず同じ日に集まる喫茶店「異邦人」(『君の顔では泣けない』)
近況報告のため、2人が毎年必ず同じ日に集まる喫茶店「異邦人」(『君の顔では泣けない』)[c]2025「君の顔では泣けない」製作委員会

『君の顔では泣けない』で、高橋は感情の機微を緻密に捉え、人間の複雑さを真摯に演じてみせた。抑えた顔の奥に揺れる迷い、言葉になる前の息遣い、そのわずかなズレが積み重なって、一人の人物が生きてきた時間の重さを確かに感じさせる。繊細さと力強さ、その両方を自然に行き来できるようになったいま、彼が次にどんな感情の爆発を見せるのか想像がつかない。だからこそ、予測できない表現へ向かって歩み続ける俳優、高橋海人の行方が楽しみでならない。


文/川崎龍也

※高橋海人の「高」は、はしごだかが正式表記

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