高橋海人が『君の顔では泣けない』で示した俳優としての現在地――繊細さと力強さを往復する表現の軌跡

コラム

高橋海人が『君の顔では泣けない』で示した俳優としての現在地――繊細さと力強さを往復する表現の軌跡

デビュー当初から、柔らかな人間味を感じさせる芝居で注目を集めてきた高橋海人。アイドルグループKing & Princeの一員として煌びやかな舞台の中心に立ち続けてきた彼は、近年、俳優としても目覚ましい成長を遂げている。作品ごとに異なるジャンルに挑み、外見の華やかさではなく「人間の内面をどう生きるか」を軸に演技を洗練させていく高橋。11月14日より公開された映画『君の顔では泣けない』では、“男性として生きる女性”という極めて難しい設定のキャラクターに挑戦している。アイドルとしての輝きと、俳優としての陰影。その2つを両立させながら新たなフェーズへと進む高橋の歩みを、これまでの代表作を振り返りつつたどっていきたい。

【写真を見る】2人は、心と身体が入れ替わったまま15年の歳月を過ごす(『君の顔では泣けない』)
【写真を見る】2人は、心と身体が入れ替わったまま15年の歳月を過ごす(『君の顔では泣けない』)[c]2025「君の顔では泣けない」製作委員会

踊る少年から国民的アイドルへ、表現の原点とデビューまでの軌跡

保育園の年長のころからダンスを始めた高橋は、2008年には自らダンスグループを結成し、全国大会の静岡予選で優勝。1年間で十数回の優勝を重ねるなど、早くから才能を示した。その後、NOPPO(s**t kingz)のもとで約2年間本格的にダンスを学び、2010年にはSMAPの5大ドームツアーにバックダンサーとして参加している。2013年、親が送った履歴書をきっかけにジャニーズ事務所へ入所。2015年には期間限定ユニットMr.King vs Mr.Princeのメンバーに抜擢され、2018年5月にKing & Princeとして「シンデレラガール」でCDデビュー。華やかなパフォーマンスと端正なルックスで“美形アイドル”として瞬く間に注目を集め、グループの中心的存在として人気を確立した。

俳優デビュー期に見せた静かな存在感

高橋が演技の世界へ足を踏み入れたのは、King & Princeのデビューと同年、ドラマ「部活、好きじゃなきゃダメですか?」で初主演を務めた時だった。青春群像を描くコメディのなかで、等身大の高校生を自然体で演じ、初の芝居ながらも肩の力の抜けた表現で視聴者の共感を呼んだ。翌年の「ブラック校則」では、佐藤勝利演じる主人公の親友、月岡中弥を演じ、静かに寄り添うような演技で物語に温度を与えた。

派手な役どころではないが、表情の機微やセリフの間合いに光る誠実さが印象的で、“空気を整える俳優”としての資質を早くも感じさせた。もともとダンスを通して感情を表現してきた高橋にとって、芝居とは“身体を使って感情を伝える”もう一つの表現だったのだろう。多くの人気俳優を送りだしてきた2021年放送のドラマ「ドラゴン桜」では、南沙良、平手友梨奈、加藤清史郎、鈴鹿央士、志田彩良らと共に生徒役で出演し、物語のなかで成長していく若者たちの一人として、繊細さと熱意をあわせ持つ演技で強い印象を残した。

多彩な題材で輝く俳優、高橋海人の柔軟性

高橋はジャンルを選ばず次々と挑戦を重ねていく。映画『アキラとあきら』(22)では、老舗海運会社の御曹司でありながら、親戚との軋轢を避けて後継ぎを拒む主人公の彬(横浜流星)の弟で、若くして社長に就任するも親戚たちの企みに巻き込まれていく龍馬を好演。静かな佇まいのなかに、血縁の重さや社会的責任への迷いがにじみ、短い登場シーンでも確かな印象を残した。同年の映画『Dr.コトー診療所』(22)では、都会的な医療観を島に持ち込む研修医、織田判斗を演じ、16年ぶりの新作となった本シリーズに新しい緊張感をもたらした。

そして、高橋が俳優として本格的に覚醒したのは、2023年放送のドラマ「だが、情熱はある」だろう。お笑いコンビ、オードリーの若林正恭役を演じた高橋は、実在する人物の再現という難しいテーマに挑んだ。外見的な模倣ではなく、若林の抱える内面の不器用さ、コンプレックス、そして優しさまでを“その人として生きる”ことで体現。彼がこの作品で見せたのは、感情を露わにする芝居ではなく、抑えた表情のなかに潜む熱量だ。カメラの前で、心の奥でなにかを飲み込みながら、それでも笑おうとする人間の矛盾を表現した。アイドルとしてのオーラを意図的に消し去り、無色透明な存在として役に溶け込む。その覚悟が、高橋という俳優の表現領域を大きく広げる転機となったと言ってもいいだろう。

また、今年の7月期に放送された「DOPE 麻薬取締部特捜課」では、新型ドラッグ“DOPE”に立ち向かう新人麻薬取締官、才木優人を好演したのも記憶に新しい。本格アクションに初挑戦した本作で高橋は、母親が薬物依存に苦しむ姿を見てきた過去を抱えながら、取締官としての正義と衝撃の真実に挟まれて苦悩する青年を体現。これまでに培ってきた繊細な感情表現と身体表現の双方を融合させた演技で厚みを持たせており、観る者の心に強く残る作品となった。さらに、『おーい、応為』(公開中)では初の時代劇に挑戦。葛飾北斎の弟子である絵師で、のちに渓斎英泉の名を授かる善次郎を演じ、芸術への情熱と嫉妬に揺れる若者を繊細に体現。現代劇とは異なる発声や所作が求められるなかで、彼は時代の空気を自然に身に纏いながら、演技の幅を一段と広げてみせた。


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