胸に響く佐野晶哉や上白石萌歌の歌声…Awesome City Clubの楽曲からひも解く『トリツカレ男』
いしいしんじによる同名小説を『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボと一ちゃん』(14)の高橋渉監督がアニメ映画化した『トリツカレ男』(11月7日公開)。夢中になるとほかのことは一切見えなくなる“トリツカレ男”ことジュゼッペのピュアな恋と奮闘が、絵本のような美麗なアニメーション×ミュージカルで描かれる。
本作の注目ポイントのひとつとして、人気バンドAwesome City Clubのatagiが手掛けた世界観にさらなる奥行きを持たせるミュージカル楽曲があるだろう。メインキャストにも、アイドルグループAぇ! groupに所属するジュゼッペ役の佐野晶哉をはじめ、ヒロインのペチカ役をadieu名義での音楽活動を行う上白石萌歌、ジュゼッペの相棒のハツカネズミのシエロ役を数多くのミュージカルに出演する柿澤勇人と、歌声に定評のある若手実力派が集結している。
そこで本稿では『トリツカレ男』の基礎情報と共に、映画館で堪能するべき劇中歌5曲を解説。誰もが“耳も幸せ”になれる魅力をお届けする。
誰もが夢中になる『トリツカレ男』の世界観
ひとたびなにかに夢中になると、ほかのことが目に入らなくなってしまうジュゼッペ(声:佐野晶哉)は、街のみんなから“トリツカレ男”と呼ばれている。三段跳び、探偵、歌…ジュゼッペがとりつかれるものは誰も予想ができないものばかりだ。行き場のないネズミのシエロ(声:柿澤勇人)に話しかけるうちにネズミ語をマスターしたジュゼッペ。昆虫採集にトリツカレていると、公園で風船売りをしているペチカ(声:上白石萌歌)に一目惚れし夢中になってしまう。勇気を出してペチカに話しかけたジュゼッペだったが、ペチカの心には悲しみがあった。大好きなペチカのため、相棒のシエロと共に、彼女が抱える心配事を、これまでとりつかれた数々の技を使ってこっそり解決していく。
『トリツカレ男』は、2001年に刊行されたいしいしんじの短編小説が原作。いしいは、2003年に「麦ふみクーツェ」で坪田譲治文学賞、2016年に「悪声」で河合隼雄物語賞と、大人から子どもまで感動を共有できる作品に与えられる文学賞の受賞経験を持つ。「トリツカレ男」も、どこかおとぎ話のようにファンタジックな世界観で、大人の童話といった雰囲気あり、登場するキャラクターたちは個性的。いまにも動き歌い出しそうなほど感情表現が豊かだ。
そんな原作の魅力に多くの表現者が“トリツカレ”ており、これまでに演劇集団キャラメルボックスやアトリエ・ダンカンなどによって舞台化されてきた。そして待望のアニメ映画化となる本作は、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」で知られるシンエイ動画と高橋渉監督、荒川眞嗣の独特なタッチのキャラクターデザインによって、ミュージカル映画として新たな命が吹き込まれた。いしい独特の言い回しやテンポ、キャラクターたちの胸に押し寄せる様々な感情が、歌や音楽に乗せることでより輝きを増し、キャラクターたちが実に生き生きとスクリーンを縦横無尽に駆け回る。
音楽も物語の一員!世界観に奥行きを持たせる劇中歌
この劇場アニメ映画『トリツカレ男』で音楽を担当するのは、今年デビュー10周年を迎えたAwesome City Clubのatagiだ。Awesome City Clubは2015年にデビュー、atagiとPORINの男女ツインボーカル+ギターのモリシーによる3人組バンドだ。『花束みたいな恋をした』(21)のインスパイアソングである「勿忘」のミュージックビデオはYouTubeで8,300万回(11月5日現在)を越える再生数を記録し、ドラマ「王様に捧ぐ薬指」挿入歌「アイオライト」などのヒットでも知られている。
ブラックミュージックをルーツに、1990年代のJ-POPや洋楽など多彩な音楽的要素を融合させた、都会的でグルーヴ感あふれるトラックと、耳に印象的に残るメロディー、そして男女ツインボーカルだからこそ可能な歌詞の視点の使い分けやハーモニーで人気を集め、これまで数多くの楽曲が映画やドラマ、CMなどで起用されてきた。
そして『トリツカレ男』は、どこか外国のおとぎ話のような雰囲気が感じられるミュージカルなので、ディズニー作品のようなクラシックやオペラの流れを汲んだ音楽をイメージしている人も多いだろう。だが、本作でatagiが作る歌と音楽はあくまでも現代ポップスをベースにしており、そこから生まれる“いまっぽさ=リアリティ”によって、作品の持つファンタジックな雰囲気はそのままに、単なる物語のなかのお話にとどまらない、映画を観た人たちのすぐ近くにあるお話へと距離を近づけてくれているのだ。

