『ジョーカー2』はなぜ酷評?押井守が分析する、観客が許せない改変と映画をつくる“動機”【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第3回後編】
「言葉にしやすい部分だけを考えて映画をつくっていると、結局はコピーしかつくれない」
――最近よかったアクション映画、ありますか?
「あのでっかいおねえさん…シャーリーズ・セロンがアクションしていたNetflixの映画、タイトル忘れたけど、あれはつい観てしまった。なんだっけ?」
――もしかして『オールド・ガード』(20)ですか?
「そうそう。私は彼女、わりと好きなんですよ。『アトミック・ブロンド』(17)は劇場にも行って堪能しましたから。おばさん(シャーリーズ)が便器に頭を叩きつけられたり、階段から転がり落ちたり、殴りまくったり、もう青タンだらけ。青タンこさえてタバコをふかしているのはとてもかっこよかった。彼女、太ってシリアルキラーを演じていたでしょ?」
――シャーリーズがアカデミー賞主演女優賞を獲得した『モンスター』(03)ですね。
「それです。そういうのを見ると、ある種の役者バカなんだろうと思うよね。キャラクターを演じるため自分がどこまで出来るのかを楽しんでいる節がある」
――ハリウッドには“オスカーの呪い”という言葉があって、オスカーを獲ったあとはいい役に恵まれない場合が多いからなんですが、シャーリーズはその“呪い”を感じさせない稀な女優さんですね。
「汚れ役でもなんでもやっちゃうからじゃないの。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)のスキンヘッドも彼女だよね?そういう役をとても楽しんでいるように見えるから。『アトミック・ブロンド』なんてアクションだけ。それも殺陣すらないような痛そうなアクション。文芸でもなければ政治でも社会性もないんだけど、そういうアクション映画として何度も観たくなる。私のいい映画の基準はそういう感じ。だから『ジョーカー』は文芸として力は入り鬼気迫るものもあるとはいえ、二度とは観たくない。主役をとことん追い詰めるというのは演出家はやるとはいえ、あそこまで容赦ないのは珍しい。『タクシードライバー』(76)の話が前編で出たけど、生きる目的を主人公(ロバート・デ・ニーロ)は一旦、おねえさん(ジョディ・フォスター)にして、彼女を救おうとしたら達成感を得られて日常を取り戻す。一度でいいのか、なんてことはさておき映画としては秀逸な終わり方ですよ。おそらく、いま観てもおもしろいんじゃないの?」
――観てるほうにもカタルシス、ありましたからね。
「映画において大切なのは、愛を語ったり、感動させたりするのではなく、それから解放されることのほうが遥かに重要なんです。そのために必要なのは“政治”なの。『映画芸術』の編集長、小川徹は、普通のハリウッド映画のうしろに“政治”を見つけた評論家。彼のいう“政治”とはポリティカルとか社会派とかの映画じゃなく、普通の家族ドラマや恋愛ドラマで描かれる関係性のことです。だから恋愛も親子の関係もすべて政治。人間はそのリアルな政治の世界に生きるべきであって愛や忠誠などの感動的なものに縛られていると自由を得られないと説いた。彼は、自分の終戦体験からそういうことを学んだリアリストなんです。本当の自由を得るためには、その“政治”の深いところまで掘り進めないといけない。いい加減なところで愛やら忠誠やら正義やらと言っているから永遠に救いがない。そういうのは時間の経過のなかで必ず裏切られる。人間は個人と個人としてかかわることしかできないってね。要するに(ロバート・)アルドリッチがやっていたこと。ホーボーになっても自由があるし(『北国の帝王』)、刑務所のなかでも自由はある(『ロンゲスト・ヤード』)。アルドリッチはそれを生涯かけて描き続けた監督です」
――だから、アルドリッチの映画、強烈な説得力があるんですね。
「そうです。つまり“ジャンル”をはじめ、言葉にしやすい部分だけを考えて映画をつくっていると結局はコピーしかつくれない…監督になってようやく小川徹が言っていることが少し、わかったんだよ。いま、彼の評論を読み返していて、めちゃくちゃおもしろくてハマっているんだけどさ」

 
             
                     
               
             
               
               
               
                 
               
                 
                 
       
     
         
         
         
         
         
         
         
             
             
            