次にどんな言動を取るのか読めない謎の男“スズキタゴサク”…『爆弾』以外にもいた映画の中のヤバいおじさんたち

次にどんな言動を取るのか読めない謎の男“スズキタゴサク”…『爆弾』以外にもいた映画の中のヤバいおじさんたち

信頼関係を築き、一気に壊す『死刑にいたる病』榛村大和

優しい笑顔でターゲットに近づく変質者もいる。「孤狼の血」シリーズの白石和彌監督が櫛木理宇の同名小説を映画化した『死刑にいたる病』(22)に登場する榛村大和(阿部サダヲ)だ。

24件の殺人容疑で逮捕され、そのうちの9件で死刑判決を受けた彼は、旧知の大学生、雅也(岡田健史※現:水上恒司)に手紙で「最後の殺人は自分がやったのではない。真犯人を見つけてほしい」と依頼する。だが、すべての事件を洗い直した雅也の目に飛び込んできたのは、残虐極まりない榛村の殺戮の全貌だった。

榛村には独自のルールがあった。地元でパン屋を営んでいた彼は、校則を守って制服を着ている頭のよさそうな17歳か18歳の少年少女に目をつけると、優しく声をかけたり、偶然を装って喫茶店や映画館で会ったりしながらゆっくり関係を築き、そのうえでことに及んでいた。普段は親しみやすい笑顔と柔らかい物腰だから、子どもたちは安心して心を開くし、悩みを相談したりもする。見るからに“いい人”なので、犯行がわかってからも「彼のことを嫌いになれないんだ」と言う隣人もいるほどだった。

けれど、そうやって時間をかけて関係性を築いてから決まったやり方で獲物をいたぶりまくるのだから恐ろしい。泣き叫ぶ彼らの耳を切り裂き、爪を順番に剥ぐその顔は能面のように表情がない。黒い瞳もガラス玉のようだ。しかも、裁判では「(町の人たちが)あまりに不用心で呆れてしまいます。そういう人たちばかりなのに、真面目にやってるのがバカバカしくなってきたんです」などと犯行の動機のようなことをうそぶく彼は、言葉巧みに相手の心を操るから始末が悪い。「信頼関係を築いてからいたぶる。僕はそういうふうにしか人と付き合えない。ずっとそうなんだ」と告白する彼のような怪物がどのように出来上がったのか?その謎が少しずつ紐解かれていく後半では背筋のゾワゾワがマックスに達したものだ。

宗教に異様に詳しいが、全宗教否定派『異端者の家』リード

家に訪れたシスター2人を恐怖に陥れるリードをヒュー・グラントが演じる『異端者の家』
家に訪れたシスター2人を恐怖に陥れるリードをヒュー・グラントが演じる『異端者の家』[c]Everett Collection/AFLO

気をつけなければいけない優しげな男はほかにもいる。『ノッティングヒルの恋人』(99)などで知られるラブコメの人気俳優ヒュー・グラントが、サイコスリラー『異端者の家』(24)で演じたリードもその一人だ。森の中の一軒家に住む彼は、布教のために訪れた2人の若いシスターを柔らかな物腰で招き入れる。表情も瞳も穏やかだったが、シスターたちが布教を始めると状況は一変。「どの宗教も真実とは思えない」という持論を展開し、異常なテンションで饒舌になり始める。危険を察知した2人は隙を見て家を出ようとするが、玄関のドアには鍵がかかり、携帯もつながらない。奥の部屋にいると言っていた彼の妻の存在も怪しくなるころには、最初と変わらないはずのリードの笑顔が薄気味悪く見えてくる。

リードの家には様々な仕掛けが…(『異端者の家』)
リードの家には様々な仕掛けが…(『異端者の家』)[c]Everett Collection/AFLO

これは、グラントのパブリックイメージを巧妙に使い、シスターたちだけではなく観客をも罠にかけたキャスティングの成功例だろう。後半に待ち受ける迷宮のような家での脱出劇でもグラントの冷静な立ち振る舞いが効いていて、頭のいいヤバいおじさんもいることに説得力を持たせていた。

どこを見ているかわからない目が怖い…『クリーピー 偽りの隣人』西野雅之

クリーピー 偽りの隣人』(16)で西島秀俊が演じた元刑事の犯罪心理学者、高倉は劇中で「凶悪犯は感じのいい人が多い」と妻の康子(竹内結子)に話すが、引っ越してきた彼らの家の隣に住む西野雅之(香川照之)は高倉の持論にハマらない、感じの悪い不気味な男だ。

帰ってきた高倉を呼び止めて「お宅の奥さん、あれ、どういうんです?ウチのことを根掘り葉掘り聞かれて迷惑してるんですよ。僕らが呑気に暮らしてるのがそんなにシャクにさわるんですか?」と難癖をつけたり、康子に「ご主人と僕と、どっちが魅力的ですか?」と変なことを聞いてきたりして、焦点が定まっていない大きく見開いた瞳も普通じゃない。

それどころか、彼と一緒に暮らす娘の澪(藤野涼子)が高倉に「あの人はお父さんじゃない!」と訴え、彼が“西野”ではないことが判明。では、「西野」と名乗る彼はいったい何者なのか?その目的は?やがてわかってくる男の正体と、彼が関わっていたと思われる6年前に起きた一家失踪事件の真相。そこで炙りだされる男の本当の顔は、おじさんの仮面を着けた本当にヤバい化物だった。

佇まいにもにじみ出る“マジ”なヤバさ『ノーカントリー』アントン・シガー

大金を得たベトナム帰還兵モスに、しつこすぎる殺し屋が襲いかかる『ノーカントリー』
大金を得たベトナム帰還兵モスに、しつこすぎる殺し屋が襲いかかる『ノーカントリー』[c]Everett Collection/AFLO

世の中には執念深い、しつこいおじさんもいて、そういう輩もかなりヤバい。というところで真っ先に頭に浮かぶのが、ジョエル&イーサン・コーエン監督の『ノーカントリー』(07)でハビエル・バルデムが演じた殺し屋のアントン・シガーだ。

ベトナム帰還兵の男モス(ジョシュ・ブローリン)は麻薬密売人たちが銃撃戦を行った現場にたまたま遭遇し、複数の死体のそばに残されていた200万ドルの大金を強奪。ギャングのボスが金の回収のために雇った精神に異常をきたした殺し屋シガーに追われることになる。

コイントスで人を殺すかどうかを決めることもあるシガー。彼なりのルールがあるようだ(『ノーカントリー』)
コイントスで人を殺すかどうかを決めることもあるシガー。彼なりのルールがあるようだ(『ノーカントリー』)[c]Everett Collection/AFLO

この殺し屋のおじさんが恐ろしいのは、頭が完全にぶっ飛んでいて、誰彼構わず、出会った邪魔者は皆殺しにするところだ。しかも、大きな牛も一発で殺すキャトルガン(家畜銃)を手に、どこまでもどこまでも追いかけてくるからマジでとんでもないし、コイツも瞳孔が開きっぱなし。見るからに異常者といった風貌で、この男に睨まれたら助からないという狂気をはらんでいるから絶対に出くわしたくないし、敵に回したくない。第80回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞と並んで助演男優賞に輝いたバルデムの壊れまくった芝居を見るたびにそう思うに違いない。


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