主人公のモデルはウェス・アンダーソンの義父?トリビアから“原点回帰的”と言われる所以まで。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』徹底解説

コラム

主人公のモデルはウェス・アンダーソンの義父?トリビアから“原点回帰的”と言われる所以まで。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』徹底解説

妻の父親から得たエピソードを膨らませたザ・ザのキャラクター像

映画を観て最初に気になるのは、「そもそもフェニキアってどこ?」という疑問。劇中では地中海沿岸の地図が大写しになるも、舞台となる1950年代にそんな国は存在しない。フェニキアとは紀元前1500~800年頃、現在のシリアやイスラエルの一部、おもにレバノンを中心に発展した地域を指す。ここが選ばれた理由はエンドクレジットに注目してほしい。

フェニキアとは紀元前1500~800年頃、現在のシリアやイスラエルの一部、おもにレバノンを中心に発展した地域を指す
フェニキアとは紀元前1500~800年頃、現在のシリアやイスラエルの一部、おもにレバノンを中心に発展した地域を指すCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

ウェスは毎作、インスピレーションとなった人物への献辞を捧げており、今回名前が挙げられているのはフアド・マアルーフという人物。著名な文化人、芸術家ではない。彼はウェスの妻ジュマンの父親で、レバノンに生まれたエンジニア、実業家だ。おそらくフアドとジュマンの交流に寄り添い、義父から聞いた多くのエピソードからザ・ザのキャラクター像を膨らませていったのだろう。劇中、ザ・ザがビジネス計画書を靴箱に収納している描写も、フアドから得たエピソードだという。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』はジュマンとフアド、そしてジュマンとの間に娘をもうけたウェス自身にとっての“父娘の物語”でもあるのだ。

ビジネス計画書を靴箱に収納するなど、ザ・ザのキャラクターはアンダーソンの義父フアド・マアルーフを参考にしている
ビジネス計画書を靴箱に収納するなど、ザ・ザのキャラクターはアンダーソンの義父フアド・マアルーフを参考にしているCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

硬派なイメージから一転、お茶目で楽しいベニチオ・デル・トロがそこに

そんなザ・ザ役をウェスは、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』で初タッグを組んだベニチオ・デル・トロに当て書きした。いつも眠たそうなスリーピングアイズを武器に、台詞を削ぎ落とし、黙して語るイメージの強いデル・トロが膨大な量の台詞を回している姿は新鮮。まさかここにきてこんなユーモラスなベニチオ・デル・トロを見られるなんて!彼は10月3日(金)から日本で劇場公開されるポール・トーマス・アンダーソン監督作『ワン・バトル・アフター・アナザー』でも謎の人物、空手道場の先生(劇中、日本語で「センセイ」と呼ばれている)を妙演している。こちらも眠たそうな目つきで飄々と笑いを取っており、お茶目で楽しいデル・トロを2か月連続で堪能することができる。そして、仏頂面と芝居勘のある間合いでウェス映画にフレッシュな風を吹かすリーズル役には、ミア・スレアプレトン。母親はあの名女優ケイト・ウィンスレットである。

ザ・ザ役には『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』で初タッグを組んだベニチオ・デル・トロを当て書きした
ザ・ザ役には『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』で初タッグを組んだベニチオ・デル・トロを当て書きしたCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

ウェス・アンダーソンならではの資本家と芸術に対する視点

近年、リューベン・オストルンドの『逆転のトライアングル』(22)や、マイク・ホワイト監督、脚本のテレビシリーズ「ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル」、「メディア王~華麗なる一族~」のクリエイター、ジェシー・アームストロングの長編映画『マウンテンヘッド』(25)など、裕福な白人が揶揄され、大富豪や資本家は“敵”として描かれてきた。アメリカの映画作家であるウェスもまた資本家の権力性には自覚的であり、ザ・ザに時代を創った怪物的人物というスケール感を見いだしている。その一方で、彼の映画における富豪とはしばしば芸術に対する支援者であり、文化を擁護してきた存在でもある。幼い子どもたちに「いい絵は買うな。名画だけを買え」と訓示するザ・ザの邸宅には、ルノワールをはじめ多くの傑作が並ぶ。


【写真を見る】母はケイト・ウィンスレット!リーズル役に抜擢されたミア・スレアプレトン…一度見たら忘れられない目力の強さ
【写真を見る】母はケイト・ウィンスレット!リーズル役に抜擢されたミア・スレアプレトン…一度見たら忘れられない目力の強さCourtesy of TPS Productions/ Focus Features [c]2025 All Rights Reserved.

でも本当に大切なものはなんだろう?言葉を介することなく成立する父娘のルーティンに、人生におけるかけがえのない存在とはなにかを気付かされるはずだ。『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は歳を重ねたウェスの穏やかな充足感が、心地よい後味となって幕を閉じるのである。

文/長内那由多

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