レトロフューチャーな日本から共産圏の香り漂うリゾートまで、ウェス・アンダーソンが作り上げてきた箱庭的架空都市
最新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』が公開中のウェス・アンダーソン監督。本作でも大独立国家を舞台にしているように、ありそうでない架空の国や都市を描くことが、近年は増えてきている。実在の場所、出来事へのアンダーソン監督の憧憬やパロディが詰まった箱庭的世界観は、かわいらしくオシャレで観客を魅了して止まない。ここでは『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を含め、これまでの作品で描かれてきたロマンにあふれる架空の都市について、こだわりと共に紹介していきたい。
豪華かつデカダンな東欧の雰囲気あふれる『グランド・ブダペスト・ホテル』
第87回アカデミー賞で4部門受賞するなど、アンダーソン作品のなかでもその世界観が高く評価されている代表作『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)。本作はヨーロッパの東に位置するズブロフカ共和国の有名ホテルのボーイとして働くことになった移民の青年の生涯を、時代を跨ぎ、その時々の出来事のパロディを交えながら描いたコメディだ。
物語の舞台となるズブロフカ共和国はもちろん存在しない架空の国。アルプス山脈を望むヨーロッパ大陸の東端の国で中心地はルッツ。ベル・エポックの時代には温泉リゾートが点在し、ホリデーシーズンにはヨーロッパ中から老若男女が集結。客たちのなかでも上流階級層のために建てられたのがグランド・ブダペスト・ホテルで、戦時中にファシストによる占領、共産主義時代の衰退を経験してきた…と事細かに設定、歴史が作り込まれている。
ケーブルカーに乗らないとたどり着けない山の上に建てられたグランド・ブダペスト・ホテルは、椰子の庭やアラビア風呂など1930年代の温泉リゾートの流行を押さえた絢爛豪華な作り。ブダペストという名前がついているものの、そのロケ地はブダペストではなく、ドイツの東端に位置するポーランドとの国境の街、ゲルリッツの巨大な廃デパートで撮影を敢行。また、チェコの温泉保養地として有名なカルロヴィ・ヴァリの「グランドホテル パップ」をモデルにしていたりと東欧の香りが映像、建物から伝わってくる。
ちなみにズブロフカという名前は、監督お気に入りのポーランドのウォッカ「ズブロッカ」からきており、東欧的な響きが気に入ったのだそう。
レトロフューチャーなヘンテコ日本が魅力的な『犬ヶ島』
アンダーソン監督にとって2度目のストップモーションアニメとなった『犬ヶ島』(18)。日本を題材とした本作は、犬の間で流行した伝染病が社会問題となり犬がゴミの島へと隔離されるなか、市長の養子の少年が愛犬を救うため島へ漂着。そこで出会った犬たちと共に愛犬を探す大冒険を、日本映画へのオマージュを捧げながら描いた。
この舞台となるのが、近未来の日本のウニ県メガ崎市。メガロポリスに因んだ“メガ”崎は、高層ビルが立ち並ぶ大都市のかたわら、昔懐かしいラーメン屋など昭和を思わせる風景が同居しており、レトロフューチャー的な世界観がユニークだ。
実在する日本のスポットや日本映画を参考に作られた架空の街だが、アンダーソン監督は制作中に日本を訪れることなく、Google Earthで日本をチェックするという斬新なロケハンを実施したのだとか。小林市長の自宅はフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルを、劇中ラストに登場する犬の像はハチ公像をモデルとするなど、随所に日本のエッセンスを楽しめる。
街全体で撮影されたフランスの風景が美しい『フレンチ・ディスパッチ』
2021年に公開された『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、編集長の死により最終号となった雑誌を題材に、地元情報、芸術、政治、食…といった雑誌の記事を描いたオムニバス形式の1作。
その舞台となるのがフランスの架空の街、アンニュイ=シュール=ブラゼ。いかにもアンダーソン作品らしいフランス語を並べた名前からしてユニークなこの街は、昔のパリの特徴を強調しており、歴史や創作の匂いが漂う詩的な風景が印象的だ。
この架空の街を作り上げるにあたり、フランス中を探し回り、白羽の矢が立ったのが、アンダーソンが「街から一歩も出ずに街にあるものだけを利用して全編を撮影できる」と評するフランス西部シャラント県の県都、アングレーム。
アンダーソンが「街全体が野外撮影所だった」と語るように、廃工場に作られたスタジオセットを含め、風景や人まで街全体を使って映画を撮影。映画冒頭の自転車レポーターによる地元情報の章では、曲がりくねった道や多彩な坂、階段、橋などほどよく年季の入った美しい街並みが映しだされ、グッと作品の世界に引き込まれてしまう。