約束を心に残した主人公の18年を描く『秒速5センチメートル』上田悠斗、青木柚、松村北斗――3人の俳優でつないだ3つの時代の遠野貴樹像
高校時代の虚ろな貴樹を体現した青木柚
鹿児島に移り住んだ高校時代の貴樹は、いつもうわの空で、他者との壁を作っている印象だ。彼に密かに思いを寄せるクラスメイトのサーフィン少女、澄田花苗(森七菜)に優しく接し、「カラオケに行こう」と誘う彼女に付き合ったり、バイクが壊れて動かなくなった彼女と一緒に歩いて帰ってあげる物腰の柔らかい青年だ。だけど、どこか心ここにあらずで、内緒で吸っていたタバコを教師の輿水美鳥(宮崎あおい)に取り上げられても怒ったりせず、言動に体温が感じられない。
そんな大人に向かう途中の貴樹を演じたのは、『うみべの女の子』(21)、NHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」などで知られる若手の演技派、青木柚。変化に乏しい表情と、優しげではあるけれど、どこを見ているのかわからない瞳で孤独と旅する貴樹をリアルに体現していて目が離せなくなる。そして最終的には、いつも一緒にいた花苗に「私を見てなんていないということにはっきり気づいた」と思わせてしまうような空気を全身ににじませるから、言葉にできない貴樹のせつなさが観る者にも伝わってくるのだ。
過去に囚われたまま30歳を控えた貴樹を演じる松村北斗
ここまで書いてきた小学生のころや高校時代と何度も交錯させながら描かれる現在の貴樹は、改めて書くまでもなく、そんな過去の出来事が作り上げた、その延長線上にあるキャラクターだ。一人前の社会人ではあるけれど、オフィスでは1人黙々とPCに向かい、同僚との会話は時間の無駄だと思っている彼を誰もランチに誘わないし、季節の移ろいにも無関心だから、周りの人たちが半袖なのに長袖のシャツを1人だけ着ている。同じ会社で働く水野理紗(木竜麻生)と付き合っていて、彼女の部屋で過ごす日もあるが、いつもどこか遠くを見つめているから、理紗から「私と一緒にいるのは楽しいからじゃなくて、楽だからでしょ」と言い放たれてしまう始末だ。
そんな、自分の一部を過去に置いてきてしまった彷徨い人の貴樹に、新海誠監督の『すずめの戸締まり』でも重要な役を演じた松村北斗が血肉を与え、現実の社会にもいそうな人物に作り上げているのが本作の最大のポイント。上田と青木が創造した若き日の印象や佇まいを受け継ぎながら、『夜明けのすべて』(24)で開花させた繊細な芝居と気持ちが見えにくい表情で明里との過去をぼんやり回想する貴樹に説得力を持たせ、“ああ、こういう人いるよね”と思わせるレベルで着地させているから、多くの人が彼のことを放っておけなくなる。会社を辞め、理紗にフラれ、約束の日、最後の旅に出る貴樹を見守り続けることになるのだ。
アニメ版と実写版、それぞれのカタルシス
映画は、同じ18年という時間を違う世界で生きてきた明里(高畑充希)の人生も並行して描き、オリジナルのアニメ版の味わいも損なわないクライマックスへと向かっていく。だが、奥山監督の眼差しのもとで生身の俳優たちが命を吹き込み、アニメと同じ場所で立体的に描かれた記憶と約束の物語は、同じ展開でありながらも、また違う感動を呼び起こす。なので、アニメ版が大好きな人も安心して観てほしい。アニメ版を未見の人は本作を観てからオリジナルを鑑賞するのもいいかもしれない。どちらにしても、深い余韻にいつまでも包まれることになるのは間違いないだろう。
文/イソガイマサト
※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記