約束を心に残した主人公の18年を描く『秒速5センチメートル』上田悠斗、青木柚、松村北斗――3人の俳優でつないだ3つの時代の遠野貴樹像
『君の名は。』(16)、『すずめの戸締まり』(22)などの新海誠監督による2007年の同名劇場アニメーションを、「ポカリスエット」などのCMや米津玄師、星野源らのミュージックビデオ、自主映画『アット・ザ・ベンチ』(24)で注目を集める奥山由之監督が実写映画化した『秒速5センチメートル』(10月10日公開)。小学校の卒業と同時に離ればなれになってしまった少年、遠野貴樹と少女、篠原明里のその後の人生を見つめた本作は、幼少期、高校生、大人になった現在の貴樹の姿が、それぞれの時代の彼を生きた俳優陣によって紡ぎだされる、大切な人との“約束”の物語。本コラムでは、各時代の貴樹の心模様と、そんな彼を3人1役で演じた3名の俳優による繊細な芝居をクローズアップしていきたい。
心を1991年に残したまま生きる貴樹の物語
本作は、東京でシステムエンジニアの仕事をしている現在(2008年)の貴樹が、あのころの面影を探しているところから幕を明ける。それは1991年の春のこと。小学生の貴樹は、転校生の明里の孤独な心にそっと手を差し伸べるようにして少しずつ心を通わせていったが、卒業と同時に、彼女は東京から栃木へと引っ越してしまう。けれど、離れてからも文通を重ね、つながりを確かなものにした2人は、中学1年の冬、吹雪の夜に栃木県の岩舟で再会。雪のなかに立つ1本の桜の木の下で、「2009年3月26日、またここで会おう」という最後の約束をする。時は流れて、2008年。30歳を目前にした貴樹は、自分の一部が遠い時間に取り残されたままだということに気づき、かつて明里と約束を交わしたあの場所に思いを馳せるようになっていく。
上田悠斗が見せる、明るくも憂いをはらむ貴樹像
小学生時代の貴樹は、高校時代や大人になってからの彼とは違い、とても健気で心優しい少年だ。明里との交流も、クラスになかなかなじめない転校生の彼女に「僕も転校生だったよ。1年前に」と隣の席の彼がノートに書いて見せたことが始まり。そこから、電車の音が毎日違うことなど自分が知っている豆知識を披露しながら、少しずつ明里の笑顔を開花させていく。
そんな貴樹を体現した、本作が俳優デビューとなるEBiDAN NEXT NAGOYAの上田悠斗の飾らないピュアな芝居が観る者の心を鷲掴みに。内気な明里(白山乃愛)の心を和らげるため、自動販売機で悩む彼女に「明里ってさ、めっちゃ迷うよね」と言って2つのボタンを一緒に無邪気に押したり、「明里でも『バカ』とか言うんだ」と言って笑いを誘う。かわいらしい行動の数々がどれも自然で嘘がなく、なんとも微笑ましいから、あのころの自分の記憶と重ねてしまう人も少なくないだろう。
さらに見逃せないのは、今度は自分が鹿児島に転校することになり、明里と会うことがますます難しくなると思った貴樹が東京から雪降る栃木へと向かうシークエンスだ。雪などの影響で、無情にも電車が何度も途中で停車。辺りがどんどん暗くなり、夜が深くなってきても電車は走りださない。約束の時間はとうに過ぎているのに、スマホもない時代だから、明里に連絡ができない。
そんな貴樹の焦る気持ちと激しく揺れ動く不安な心情を、上田が複雑に歪む表情やいても立ってもいられない佇まいで体現。観る者の共感を呼ぶから、その後の再会や桜の木の下での美しいシーンがよりいっそう、2人にとってかけがえのないものに感じられるのだ。