パク・チャヌク監督最新作『NO OTHER CHOICE』がお披露目!イ・ビョンホン、ソン・イェジンらがヴェネチア国際映画祭の記者会見で喜び語る
8月27日から9月6日までイタリア・ヴェネチアで開催された第82回ヴェネチア国際映画祭で、韓国のパク・チャヌク監督の最新作『NO OTHER CHOICE(英題)』(2026年3月日本公開)のワールドプレミアが行われた。パク・チャヌク監督がヴェネチア映画祭に作品を出品するのは、オムニバス作品の『美しい夜、残酷な朝』(04/アウト・オブ・コンペティション部門)、『親切なクムジャさん』(05/コンペティション部門)以来3度目。
『NO OTHER CHOICE』は、ドナルド・E・ウェストレイクの小説「斧」が原作。2005年にコスタ=ガヴラス監督が映画化している。小説を読み映画化を切望したパク・チャヌク監督は、実現までに20年以上要した理由を聞かれ、「一言で言うと、私が望む形で映画を製作する資金です」と答えている。25年勤めた製紙会社をクビになった男マンス(イ・ビョンホン)は、彼が愛する家と、妻ミリ(ソン・イェジン)と2人の子どもたち、2匹の愛犬の幸せを守るために、転職活動のライバルたちを蹴落とす術を思いつく。
パク・チャヌク監督作には2000年の『JSA』以来の出演となったイ・ビョンホンは記者会見で、「パク・チャヌク監督の作品に出演するのは韓国で活動する俳優全ての夢です。どんな作品であろうとも、依頼があればお引き受けしようと思っていました。脚本を読んだところとてもおもしろく興奮し、監督のフィルモグラフィにおいて最も商業的な作品になるだろうと感じました」と語る。夫の奇妙な行動を訝しげながらも、後半の物語を動かす重要な役であるミリを演じたソン・イェジンは、「全ての俳優がそうであるように、私もパク・チャヌク監督からのオファーをずっとお待ちしていました。そして、イ・ビョンホンさんがすでにキャスティングされていたので、脚本を読む前からお受けしようと心に決めていました。脚本を読むと、物語のパワーに圧倒されました。とても強烈であると同時に悲劇的で、全ての感情が凝縮された物語でした。そして、この映画は大傑作になると直感しました。なんとしてでも出演しなくては、と」と語り、初の国際映画祭参加を喜んでいた。大手製紙会社で働くマンスの元部下を演じたパク・ヒスン、マンスがターゲットにするライバル役のイ・ソンミン、その妻を演じたヨム・ヘランも、ヴェネチア映画祭に参加した。
パク・チャヌク監督は、リストラされる製紙会社の人々を描いた原作を読んだ際に、「主人公の職業への向き合い方」に共感し映画化を熱望したという。「他人から見ると取るに足らない仕事だとしても、当人は精魂を込め人生をかけて仕事をしています。そして、リストラの恐怖も映画監督に似ていると思いました。私たちも1本映画を撮り終わると失業したも同然で、新しい企画をプロデューサーや映画スタジオに売り込むのは、就職活動の面接と一緒です。映画業界に限らず、現在の資本主義社会において誰しも失業や不安定な生活に不安を抱えています。この映画を作ろうとしていた20年間、どの国で誰に話しても、『とてもタイムリーな物語ですね』と言われ続けました。世界共通の問題として映画を届けられると確信していました」と自信の程をうかがわせる。
公式上映に先駆けて行われた試写では何度も笑いが起き、大音量の音楽にのせて繰り広げられるイ・ビョンホンとイ・ソンミン、ヨム・ヘランによるバトルシーンには、大拍手で賞賛された。パク・チャヌク作品は、『復讐者に憐れみを』(03)、『オールド・ボーイ』(03)、『親切なクムジャさん』(05)の“復讐三部作”に代表されるバイオレンスや、『お嬢さん』(16)のようなエロティックな描写で国際的評価を受けてきたが、前作の『別れる決心』(22)ではそれらのステレオタイプからの脱却を目指したと口にしていた。
今作の主人公を演じたイ・ビョンホン、そしてソン・イェジンをはじめとした共演者たちの行動は、真面目であるが故に滑稽で可笑しく、哀しさも浮かび上がる。趣向を凝らしたカメラワークや映像、音楽、そしてマンスが心から大切にしている邸宅の造形美は、観客の目を劇場の大きなスクリーンに釘付けにする。記者会見でイ・ソンミンは、「近年、私たちはさまざまなプラットフォームで映画を鑑賞しますが、パク・チャヌク監督の巧妙な語り口、見事な映像と美しい音楽を同時に楽しめることは、なぜ劇場で映画を観ることがこんなに素晴らしい体験なのかを教えてくれます。これが、パク・チャヌク監督が“真の巨匠”と呼ばれる所以です」と語っていた。
「映画絶滅の危機」について問われたパク・チャヌク監督は、「映画が消滅するかもしれないと言われますが、これは“産業”についての言及にすぎません。いつか、映画館へ映画を観に行く消費行動は縮小するかもしれませんが、映画というアートの形がなくなることはないと思います。以前のような映画製作ができない未来が訪れたとしても、現在のトレンドから得られる利点は技術革新です。スマートフォンで撮影し、編集することもできます。この先、今までの映画製作のような資金が得られないとしたら、スマートフォンで映画を作るのみです」と悲観的になる必要はないと諭す。さらに、「映像が優雅で美しいとお褒めいただくことがありますが、実はそれらは私が特にこだわっている点ではなく、優先順位も高くありません。私が何よりも探求しているのは、正確で精密な表現です。物語の中で登場人物が変化し、感情が儚く移り変わる様子を、いかにして最も正確かつ精密に描き出すか。私にとって極めて重要なのは、第一に精密さ、第二に細部まで徹底的にこだわることです。そして、これらの要素を成功させることができれば、最終的に得られる結果は自然と優雅で美しいものになると思います。これは物事に対しても同様です。例えば、撮影対象自体が本来は嫌悪感を抱かせるようなものであっても、精密さと徹底的なこだわりをもって向き合えば、そこから生まれる結果は美しく優雅なものになるのだと信じています」と自論を述べていた。
『NO OTHER CHOICE』は、9月17日からの第30回釜山国際映画祭の開幕を飾り、北米ではNEONが配給権を取得。すでに2026年の米国アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表に選出されたことが発表されている。日本では2026年3月に公開予定だ。
取材・文/平井伊都子