「ババヤガの夜」で日本人初ダガー賞受賞の王谷晶、映画『愛はステロイド』に熱狂!「ついにこういう映画が出てきたという、驚きと喜び」
「狭いスペースのなかで、世の中にいくらでもあることを凝縮して描くという意図」は『愛はステロイド』と重なる
『愛はステロイド』というタイトルも、「一見ラブコメっぽい感じがしますが、インパクトがあっていい」と笑顔を見せた王谷。本作の舞台となる80年代の雰囲気もあるタイトルだと目尻を下げつつ、「私は80年代文化や、80年代のものがすごく好きで。積極的にその時代のものを観ている」と話す。
「アメリカの80年代を舞台にした作品は、LAやニューヨークなど都会を舞台にしたものが多くて。ニューメキシコ州の田舎町が舞台というのは、80年代を描いたものでもあまり観たことがない。なぜ80年代を舞台にしたのかなと考えたんですが、(劇中で鍵となる)ステロイドの使用が広まったと同時に、あまりまだその危険性が一般的に認知されていなかった時代。そして体を鍛えることがすごくブームになり始めた時代でもある」と想いを巡らせ、「怖いものが怖いものとして、いまよりももっとそのあたりにゴロゴロしていた。80年代の映画って“夜がちゃんと暗い”というイメージがあるんですが、この映画もちゃんと夜が暗い映画。監督は、当時の映画を相当、研究したんじゃないかと思う」とコメント。「もともとノワール映画が好き」だという王谷だが、そのなかでも“ネオン・ノワール”と呼ばれる作品も大好きだそうで、「本作には、そのイメージも感じた。クリント・マンセルが音楽を担当していて、使っている楽曲もそうですし、ファッションも80年代の特徴がよく出ていた」と好きなものが詰まった映画になった様子。
デミ・ムーアがかつて一世を風靡したスターを演じて数々の賞を受賞した『サブスタンス』(24)や、デヴィッド・クローネンバーグ作品との親和性…かと思いきや『スケアクロウ』(73)のようなアメリカン・ニューシネマの風を感じるところもあったようで「この監督、くわせものだなと思って。大好きになっちゃいました」とローズ・グラス監督の手腕に惚れ込んだ王谷。女性同士の恋愛や嫉妬を描くのも「うまい」と太鼓判を押す。「女性同士の恋愛ががっつり描かれていたことには、やっぱり感動しました。ジャッキーとルーがいい感じになる時に、ルーが『ノンケの火遊びじゃないよね』と言うんですが、『これってあるな』と。わりと“あるある”だなと思いました」と感心しきり。「最近は変わってきているのかもしれませんが、レズビアン作品はそもそもの本数が少ない。それは制作現場に女の人が少ないからということもあると思います。この映画の宣伝の動画を観たところ、監督と主演の2人がクィアであることを積極的にオープンにしていて。うらやましいとか言いたくないけれど、やっぱりうらやましいなと思った」と胸の内を明かしていた。
王谷による著書「ババヤガの夜」は、暴力を唯一の趣味とする依子が、その腕を買われ暴力団会長の一人娘・尚子を護衛することから始まるシスターハードボイルド。「『ババヤガの夜』でヤクザ社会を描いたのは、狭いスペースのなかで、世の中にいくらでもあることを凝縮して描くという意図もあった。『愛はステロイド』の舞台は、(ニューメキシコ州の)アルバカーキ。アルバカーキはテレビドラマシリーズ『ブレイキング・バッド』の舞台でもあるんですが、(同作に)ハマった時にアルバカーキがどれくらいの規模の都市なのかを調べたら、人口などだいたい宇都宮市と同じくらいだった」と話して会場を笑わせながら、「無闇にスケールを大きくせずに、場所をピンポイントにすることで、より描きたかったことが純粋に描ける」と舞台設定について共鳴。
「『ババヤガの夜』の依子役はケイティ・オブライアンが演じてくれたら最高」
「ババヤガの夜」は世界中から反響が届く作品となり、そのなかでも「一番いただくのは、短い、読みやすい」というものなのだとか。王谷は「フェミニズム要素に注目していただくこともありますが、海外ではよりロマンチックに受け取られているなという印象もあります。感じたままに読んでいただきたい」という。MCの奥浜が「暴力を描きながら、読みやすく、情景が浮かんでくる」と本書の感想を口にし、「フィクションで暴力を描くことについて、議論にあげられることも増えている」と投げかける場面もあったが、王谷は「ネットなどでは、いま現在起きている暴力のシーンがフィルターなしで、直接的に見られる状態にある。そんななかフィクションの暴力を書いて、楽しむという行為自体、自分でもやっていいのかと思うこともある。同時に、どうしてもそういうのが好きだという気持ちもある。暴力的な作品や倫理的によろしくない作品によって、特に若いころは自分の気持ちの闇を飼い慣らしていけたところもある。人にはそういうものも必要だと思いつつ、この時代にどれだけやれるのか、やっていいのか。やったことに責任を取れるのかとすごく考える」と暴力を描くことへの葛藤や人間の曖昧さ、よりよい社会への願いなど、真摯な想いを語っていた。
もし「ババヤガの夜」に実写化のオファーが舞い込んだ際には、「『全部お任せします』と言うことに決めている。好きにやっていただきたい」という王谷。グラス監督の持つ視点や描き方、大胆さなどあらゆる面に魅力を感じただけに、もしグラス監督から実写化を希望されたとしたら「めちゃめちゃうれしいです」と大きな笑顔。「書いている時は具体的な人はイメージしていなかったんですが、フィジカル的にはあれぐらいの説得力があるといい。あの体の仕上がりを見てしまうと…と依子役はケイティ・オブライアンが演じてくれたら最高ですね」と話し、尚子についても「クリステン・スチュワートならやれそうですよね」と『愛はステロイド』のコンビでの実写化に期待すると、賛成するように大きくうなずく観客の姿も見受けられた。「ババヤガの夜」はアメリカのラムダ文学賞の最終候補作にもノミネートされており、その結果も待ち望まれる。「最近の本にしては、だいぶ安め」とアピールして会場を和ませた王谷。『愛はステロイド』のパンフレットには王谷の熱いレビューも掲載されているというから、こちらにも注目だ。
取材・文/成田おり枝