押井守監督がオリジナル映画を作り続ける秘訣とは?『インセプション』から分析する映画監督“椅子取り理論”【押井守新連載「裏切り映画の愉しみ方」】

インタビュー

押井守監督がオリジナル映画を作り続ける秘訣とは?『インセプション』から分析する映画監督“椅子取り理論”【押井守新連載「裏切り映画の愉しみ方」】

「ノーランの映画が失敗しない要因は、私がいまだに映画を撮れている理由と同じ」

――ノーラン映画の裏切りと言うのは、その枠と構造は別だというところから生まれるわけですか?

「そうです。だから劇場で『思っていたのとは違う映画を観せられた』ということになる。予告編などを観ていると大体はアクションだったりサスペンスだったりするので、観客がそのジャンルのつもりで劇場に行くと、本編はなにやらけったいなシロモノだったということ。典型的な裏切りパターンです。ただし、かなり知的な騙し方で、裏切り行為としては高等ですよ」

2010年の第83回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した『インセプション』
2010年の第83回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した『インセプション』[c]EVERETT/AFLO

――映像的にも都市がたたまれて行くユニークなVFXがあったりするので、違うものを観せられてもあまり気にしないのかもしれない。

「そういうところに手を抜いてないのがノーランの映画が失敗しない要因なんですよ。彼の作品ですっきり終わったものほとんどないでしょ?私は師匠(鳥海永行)に、お客さんを気持ちよく席を立たせることが重要。それさえ出来れば、あとはなにをやってもいい。それが職業監督の使命だといつも言われていた。そういう意味で言えばノーランは、すっきりした気持ちで劇場を出られるような映画は作ってない。にもかかわらずヒットしていて、しかも次の作品を撮れるのはなぜかと言えば、エンタメ部分に手を抜いてないからですよ。そういうVFXの映像部分、アクション、ちゃんと力を入れてるでしょ?そこは、私がいまだに映画を撮れている理由と同じ。アクションだけは手を抜いてないから。どのプロデューサーにも『あんたはアクションだけやっていればいいのに』と言われるからね(笑)」

――なるほど!確かにノーラン、すっきりする映画は少ないかもしれないですね。

「すっきりしないのは、解決不能な二項対立をやっている監督だから。いわゆるアポリアです。『ダークナイト』でもジョーカーがバットマンに、ひとりの命を助けるのか、それとも全員かという問題を投げかけていた。そもそもこの映画は、二項対立で成立させている映画なんです。ツーフェイスが出てきたのもそれを際立たせるためだし、2つの顔を使い分けるブルース・ウェイン/バットマン、さらにバットマンって正義の味方なの?それとも悪のほう?ジョーカーに言わせれば彼のサイドの人間だから、タイトルもバットマンではなく『ダークナイト』となっている。アポリアを投げかけるという悪意で成功した映画であり、そうやって成功した監督でもあるわけですよ、ノーランは。『インセプション』ではそれがラストに登場する。ディカプリオにとって現実なのか、それとも夢なのか、それを投げかけている。結論としては、ディカプリオが選んだ、子どもたちがいる庭が現実なんだということになっていて、ちょっとだけ『ダークナイト』より前進している」

――そのラストは、ディカプリオが家に帰り、子どもたちがいる庭に向かい、テーブルではコマが廻っていて、果たして倒れるのか、倒れないのか?倒れたら現実、廻り続けたら夢という設定ですが、映画はその結論を見せずに終わる。この物議を醸したラストについてノーランはこんなことを言っていました。「コマが倒れるか、倒れないかより、ディカプリオ扮する主人公がもうそれを気にしてないことが重要だ」。なるほどな~と思ったんですが。

「だからノーランは上手いんです。自分のほうから結論を出してないでしょ?映画で二項対立を扱うおもしろさはそこにしかない。結論を出すとそこで終わってしまうから出さないほうがいいんです。観客を居心地悪くするのがノーランのテーマだと言ってもいいんじゃないの?
ノーランはいつも、そういう仕掛けで映画を撮ってきている。そういう監督はこれまでいなかったんだと思うなあ。しんちゃん(樋口真嗣)の“監督椅子取り理論”でいうと、自分の席を自分で作り、ちゃっかり座ってしまった監督ですよ」

――それは、自分に合った席を見つければ生き残れるということですか?

「そうです。それぞれの監督が自分のお尻に合った椅子を探すんだけど基本、その椅子はひとつしかないから大変になる。黒澤明の席はひとつだし、(スティーヴン・)スピルバーグの椅子もひとつ。それを巡って監督が椅子取りゲームをやるんです。ノーランの場合は、既成の椅子を取り合うのではなく、これまでになかった椅子を自分で作ったということ。ノーランは自分の椅子を見つけた、しかもそれはこれまで誰も座ったことがなかった、という言い方もできる」


「椅子に合わせようとするから痛いわけで、自分に合うようにカスタマイズすればいい」

――押井さんはどんな椅子に座っているんですか?

「しんちゃん曰く、『あんたはちゃっかり実相寺(昭雄)や(鈴木)清順の席に座っちゃった』って(笑)。どんな映画を作っても許せる、大して当たりもしないのにということですよ。それはある程度、真相を突いているのかもしれないけど、もう一つの解釈もある。この2人の監督の共通点はプログラムピクチャーの中での問題児。プログラムピクチャーという枠の中でとんでもない映画を撮ったのがこの2人なんですよ。私もそこからスタートしたから、そういう意味合いのほうがしっくりいくかもしれない。
しんちゃんには、『自分の尻に合った椅子を作ればいいんじゃないの?』と話していたんだけど、それをノーランがやっちゃったってことです。椅子に合わせようとするから痛いわけで、自分に合うようにカスタマイズすればいいんです」

自身の“監督としての椅子”を解説してくれた
自身の“監督としての椅子”を解説してくれた撮影/河内彩

――押井さんは実相寺たちが作った既成の椅子にピタっとハマったので、自分でカスタマイズする必要はなかったということですか?

「まあ、そうだよね」

――そもそもはどんな椅子に座りたかったんですか?

「強いて言えば(ジャン=リュック・)ゴダールかな。あくまで強いて言えばだよ」

――でも、押井さんは実写もアニメも撮る先駆けのような監督だったので、自分でカスタマイズしたと言ってもいいのかもしれませんよ。

「『ビューティフル・ドリーマー』(『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』)の時は、明らかにカスタマイズの椅子を目指した。アニメであんなこと(永遠に続くループ)をやろうとする監督はいませんでしたから。自覚的だったし博打のつもりだった。ヘタしたら5、6年は撮れなくなるかもという心の準備もしていた。でも、ありがたいことに吉と出たわけですよ。ところが、そのあとに撮った『天使のたまご』がねえ…。まさか3年も干されるとは思いもしなかったわけで…(笑)」

――押井さん、曰くつきの作品、『天たま』が出てきたところで長くなりそうので後編に続くでお願いします!

【次回予告】第1回(後編)は8月下旬ごろ掲載予定です。

取材・文/渡辺麻紀

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