押井守監督がオリジナル映画を作り続ける秘訣とは?『インセプション』から分析する映画監督“椅子取り理論”【押井守新連載「裏切り映画の愉しみ方」】
アニメーションや実写作品だけでなく、小説家や脚本家、漫画原作者など幅広い分野で活躍し、独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督、押井守。そんな押井監督が独特な映画の愉しみ方を語り尽くす連載がMOVIE WALKER PRESSでスタート!記念すべき第1回は、押井監督が“新作が公開されたら必ず劇場に行く監督の一人”として挙げる、クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(10)。
「映画の枠と構造は別だということが、よくわかる映画」
――押井さん!かつて某誌でやっていた連載が再開できるようになりましたよ。タイトル改め「裏切り映画の愉しみ方」です。Aだと思って観ていた映画が蓋を開けるとBやMやZだったという、「見事に裏切られてしまったよ!」という映画のおもしろさや愉しみ方を紐解いてみようという企画です。押井さんは常々、神映画か胸糞映画か、映画を2通りでしか観てない人たちが多いことを危惧していて、もっと豊かで深い映画の愉しみ方を提案したいという思いから生まれた企画でもあります。ちなみに今日、8月8日は押井さんの74歳の誕生日です。おめでとうございます!誕生日から再スタートってステキじゃないですか?
「まあね(笑)。一応、そういうことにしておきますよ」
――で、記念すべき再スタートの1作目はクリストファー・ノーランの『インセプション』です。他人の夢にダイブしてアイデアを盗む産業スパイグループを描いた異色作です。
「1回観て全部わかったという人、いるんだろうか?」
――いないですよ、きっと。ノーランの映画は基本、1回観ただけじゃわからない。わかったのは「ダークナイト」シリーズと『オッペンハイマー』とか?オリジナル脚本になるとどんどんわかりづらくなる。そういうところ、押井さんとちょっと重なりますよね。
「規模は違うけどね(笑)。私の場合も、シリーズものとか、そのスピンオフとか、型が決まっているとわかりやすく好評だったりもするんだけど、オリジナルになった途端、わけわかんなくなる。『御先祖様』(『御先祖様万々歳!』)とか『迷宮物件』(『トワイライトQ 迷宮物件 FILE538』)とか、いい例だよ。だからよく『あんたは、枷があるといい仕事をする』って言われてしまう」
――でも押井さん、ノーランの場合はオリジナル脚本のわけのわかんない映画でもヒットしますよ。
「はい、そこは明らかに違います(笑)。この『インセプション』もヒットしたんでしょ?」
――ワールドワイドで興行収入は8億3000万ドル超、日本でも35億円。製作費が1億6000万ドルなのですばらしい数字です。みんなよくわかんなくて複数回、劇場に行くんだと思います。
「映画の枠と映画の構造は別だということが、よくわかる映画なんですよ、『インセプション』は。ノーランの作品にはそういうタイプが多いけど、これはそれがわかりやすい。一応、ジャンルとしてはミッションものなんです。(レオナルド・)ディカプリオ率いる産業スパイの一団が、渡辺謙扮する怪しい金持ちから依頼を受け、ライバル社の跡継ぎの脳にダイブすることになる。ディカプリオはメンバーを集めてロケハンもし、綿密に計画を立てる。いわばスパイものだよね。また、本作にはもうひとつのストーリーがあって、それがディカプリオの家族、亡くなった奥さんや家においてきた2人の子どもたちの話になる。そのパートは、家族のためにもう一度がんばるお父さんと同じ。そういう展開って、週に1回、どこかのテレビでやっているじゃない?ある意味で言えば、定番であり典型。ジャンルになっていると言ってもいい。
つまり、ジャンル分けするならスパイものであり家族再生ドラマ。ところが、見せられる映像はまるで別物。構造的には時間軸をいじくった編集力にモノ言わせた映画。何層もある夢の階層に降りて行くんだけど、そのひとつひとつをラインとして残しておく。それも同時進行で。バンが橋から落ちて行く長い時間、階層ごとに違う流れを作り、最後に一気に回収してたでしょ。これは編集力の賜物なんですよ。そうすることで、ジャンルは普遍的だけど、中身はオリジナルな映画が生まれる。ノーランはそれを実行している数少ない監督。映画の枠と映画の構造は別であるということを熟知しているんです、彼は」