『ハルビン』は日本の観客が見届けることで“完結”する。韓国社会にインパクトを与えたキャラクター像とクールで崇高な映像美
歴史的事件や人物を題材にした映画は多いが、稀に作品自体が「歴史」そのものになる映画がある。日韓関係を決定づけた1909年ハルビンでの歴史的事件を描いた、ウ・ミンホ監督、ヒョンビン主演の『ハルビン』(7月4日公開)はまさにそのような作品だ。
本作には大きく二つの歴史的意義がある。まず、韓国側の成熟した変化だ。従来、日本との関係史を扱った映画では、「抗日」を基本に、主人公の英雄的活躍とスペクタクルなアクションを通じて観客に痛快さと感動を与える、いわゆる「クッポン(국뽕=強い愛国心を表す俗語)映画」が定番だった。李舜臣(イ・スンシン)将軍を主人公にした『バトル・オーシャン 海上決戦』(14)や「親日派(チニルパ)」を断罪する『暗殺』(15)などが代表的だ。このような手法は興行面では成功するが、本作はあえてその道を取らず、感情を揺さぶらず、一歩引いて静かにクールに描くことに徹している。そこに今の韓国の対日観、歴史意識、韓国映画の成長の一端を垣間見ることができる。
次に、日韓国交正常化から60年、「不正常」な関係の起点となった韓国保護国化から120年の今年、日本では公開が難しいと思われていた本作が全国で公開されることも、日韓関係史上の意味をもつ。国民的俳優のリリー・フランキーが伊藤博文役として参加したことも大きい。彼は『万引き家族』(18)などで韓国でも高い人気を誇るが、観客からも「勇気ある決心」と称賛された。
このように本作は、韓国側の「節制」と日本側の「呼応」という点で、成長した日韓関係の現住所を象徴している。この作品自体が「歴史」といえるので、日本でも多くの方に観てもらいたい。そして観た後の感想も気になる。ヒョンビン、イ・ドンウク、ユ・ジェミョン、特別出演のチョン・ウソンなど、日本でもお馴染みの名優が名を連ねる。心理的「ハードル」が高いとは思うが、反日映画ではないので構える必要もなく、大河・ヒューマンドラマ、スパイ映画が好きな方は普通に楽しめるだろう。では、以下に本作の特徴と魅力をみてみよう。
“英雄”ではなく“人間”アン・ジュングンにフォーカス
第一に、これまでの韓国映画のアン・ジュングン像とは違う視点で描かれている。韓国でこれまで制作されたアン・ジュングン映画はいずれも「英雄」物語だったが、本作は「“英雄”安重根」像を解体し、「“人間”安重根」にフォーカスした。雲の上の存在、完全無欠の偉人としてではなく、失敗と挫折で苦悩し弱い面も見せる、私たちと変わらない「普通の人」として描いている。
韓国映画特有の「キャラクター」形成を控え、「敵」に対する「行動」や胸高鳴る「表情」よりも、苦悩する内面、冷酷で孤立感漂う時代の雰囲気の描写に力点を置いている。監督は(韓国人が)アン・ジュングンに対して「感謝」よりも「申し訳なさ」を感じてほしいと語ったが、この点が本作の「美徳」であると同時に、韓国では物足りない、感情移入しづらいという反応につながった。