集団自殺に大量虐殺、村の掟に宗教的タブーも…“信じる心”が人を狂わせる恐怖の実話映画6選
葬り去られた暗部を現代にさらけだす『デビルズ・バス』
第74回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)に輝き、第57回シッチェス・カタロニア国際映画祭では最優秀作品賞を受賞した『デビルズ・バス』は、実際の裁判記録をもとに、強い信仰心をもった1人の女性の陰惨な末路が美しくも残酷な映像表現で描かれた衝撃作だ。
舞台は18世紀半ばのオーストリア。古くからの伝統が色濃く残る小さな村に嫁いだアグネス(アーニャ・プラシュク)は、夫の育った世界とその住人たちになじむことができず、憂鬱な日々を送っていた。さらに村で行われるおぞましい儀式や、森の中に放置された腐乱死体など異様な光景を目の当たりにし、徐々に精神を蝕まれていく。やがて現実と幻想の区別がつかなくなり、村人たちに狂人扱いされるようになったアグネスは、村やこの世界から自由になるため、ある行動に出る。
本作で描かれるのは、17世紀から18世紀ごろにかけてヨーロッパのキリスト教圏で頻発していた「代理自殺」という現象だ。キリスト教の厳格な信仰のもとでは、自殺は最も重い罪とされており、自殺をすれば“永遠の地獄”から逃れることができない。そのため、死を渇望する者は殺人を犯す。処刑される前にその罪を告白すれば、死後に罪が清められ、天国に行けると信じられていたからだ。
オーストリアをはじめとしたドイツ語圏では、この代理自殺の事例が実に400件以上も記録されているという。その選択をする人の多くが女性であり、犠牲になるのは大抵の場合、子どもたちであったとされている。無垢な子どもたちが成長して罪を犯す前に殺されれば、必ず天国に行ける。それがその子どもにとっての“救い”だとみなされ、この深刻かつ異常な現象は、長きにわたって歴史の闇のなかにひっそりと葬り去られていた。
メガホンをとったヴェロニカ・フランツ&ゼヴリン・フィアラ監督は、この代理自殺という現象を知り、「これこそが私たちが描きたい物語だ」と直感し、映画にすることを決めたという。当時の尋問記録を読み漁り、そのなかでもオーストラリアの上部地方に住んでいたエヴァ・リツルフェルナーという女性の記録に心を打たれたと明かしている。「日常の希望や恐れ、夢、脆弱さ、そして魂の奥底を語っている様子が非常に直接的に伝わってきました」。
こうして現代によみがえった、宗教上のタブー。しかしこの代理自殺と類似した事例は、現在もなお存在しているという。さらに、劇中でアグネスが味わうような疎外感や、過剰な要求によってもたらされる抑うつ状態もまた、現代社会に如実に通じる極めて重要なテーマといえるのではないだろうか。“魔女狩り”というホラー映画表現を用いて描かれる、決して過去のものと割り切ることができない陰惨で残酷な物語を、ぜひとも劇場で目撃あれ。
文/久保田 和馬