大森時生と山中瑶子が語り合う、“打ちのめされた”映像体験。『サブスタンス』から得た刺激

大森時生と山中瑶子が語り合う、“打ちのめされた”映像体験。『サブスタンス』から得た刺激

デミ・ムーアが主演し、2024年度の賞レースを席巻した映画『サブスタンス』がついに公開となった。ムーアが美と若さに執着をする元人気女優というキャラクターを見事に怪演し、想像を絶する世界へと誘う。「⾏⽅不明展」やフェイクドキュメンタリー番組「TXQ FICTION」の「イシナガキクエを探しています」で知られるテレビ東京プロデューサーの大森時生と、『ナミビアの砂漠』(24)で第77回カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞した映画監督の山中瑶子も、本作に「打ちのめされた」と告白。気鋭のクリエイターである彼らがPRESS HORRORの取材に応じ、本作の放つ狂気、チャレンジ精神から受けた刺激を語り合った。

「『こうなるだろう』と想像するエンディングを軽々と超えてくる」(山中)

50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベス(ムーア)は、容姿の衰えから仕事が減少し、ある再生医療“サブスタンス”に手を出す。注射するやいなや、エリザベスの背を破って現れたのはエリザベスの上位互換“スー”(マーガレット・クアリー)。若さと美貌に加え、エリザベスの経験を持つスーはたちまちスターダムを駆け上がっていく。一つの精神をシェアする二人には“一週間ごとに入れ替わらなければならない”という絶対的なルールがあった。しかしスーは次第にルールを破りはじめ、彼女への複雑な想い抱えたエリザベスの狂気が暴走していく。

――お二人は本作を観て「打ちのめされた」とお話ししています。“美と若さ”に執着するエリザベスが予想もしない結末へと突き進む本作は、どのような映画体験でしたか。

『ナミビアの砂漠』などで知られる山中瑶子監督
『ナミビアの砂漠』などで知られる山中瑶子監督撮影/山田健史

山中「昨年カンヌ国際映画祭に行った際、『サブスタンス』の初上映が終わると、会う人みんなが興奮状態で『サブスタンス』の話をしていました。あらすじだけ聞いてもおもしろそうでしたが、すでにチケットは完売していてカンヌで観ることは叶わず。とにかく早く観たくて仕方なかったです。その後わたしは本作を2回鑑賞しているんですが、やっぱり思うのは『こうなるだろう』と想像するエンディングを軽々と超えてくるということ。最後の最後の情景で思わず泣いてしまったんですが、自分でもなぜ泣いているのかは、よくわからない。それでいて、常にある一定以上のスパークさがあって気持ちのよい映画。わたしは振り切っている人を見るのが好きなんですが、ここまで逸脱した登場人物を観ることができて、しかもそれが女性であるということがとてもおもしろくて、うれしかったですね。圧倒的なパワーをもらえる映画でもあるなと感じています」

「イシナガキクエを探しています」などで知られる、テレビ東京プロデューサーの大森時生
「イシナガキクエを探しています」などで知られる、テレビ東京プロデューサーの大森時生撮影/山田健史

大森「僕はなんだか、この映画に人間が誰しも避けることができない痛みを感じました。“サブスタンス”が引き起こす激しすぎる出来事と、旧友と出会うといった小さな出来事を行き来する過程で、怒りや悲しみ、気づきなどあらゆる感情に引っ張られてバランスを欠いていくところも、人間がふとした瞬間に陥る怖さがあるなと。エリザベスの辿る道のりは極限まで振り切ったフィクションでありながらも、その痛みは現実に近いものがある。そんなある種の矛盾こそが、本作最大の魅力に感じます」

山中「“サブスタンス”というのは、よりよい自分にバージョンアップできる物質ですよね。現代人は、自己啓発的に『成長、前進することが当然だ』という価値観のなかにあって、どこまでもいまの自分に満足せずにもっと理想の姿を追求していこうとしたりと、“用意された欲望”のようなものに乗っかって『どうにかなりたい』と思いながら生きているところがあって。でもエリザベスはバージョンアップしたいと思った結果、最終的にものすごいことになってしまうというのがとてもシニカルでした。本作のコラリー・ファルジャ監督が、社会が女性に対して“こうあるべき”と求める理想に囚われていたと話されているインタビューがありましたが、クライマックスにもそういった監督の強い想いが出ているのかなと思いました」

美と若さに執着する、元トップ人気女優エリザベスを、デミ・ムーアが怪演する
美と若さに執着する、元トップ人気女優エリザベスを、デミ・ムーアが怪演する[c]2024 UNIVERSAL STUDIOS

大森「たしかにそう考えてみると、本作は『成長するのか』『いまのままでいいのか』というところを巡る物語なのかもしれません。日本でもいま『どんどん成長しよう、成長することこそが大事なのだ』というややマッチョなコンテンツが流行っているし、一方では『成長しなくていいんだよ。ありのままの自分でいいんだよ』というメッセージを送る人もファンダムを獲得していたり。僕はそのどちらにも乗れていない感覚があります。本作にも『若くて美しい、洗練された自分が最高』、『年齢を重ねてもその自分も愛そう』という二つの感覚のどちらもが存在して、そのあいだで揺れ動いていることを感じ取れる。そして突き進んだ先に、絶望感も解放感もあるような、ある種の解脱的な状況になるんですね。僕自身のムードと合致したからこそ、めちゃくちゃおもしろいと思えました」

――“解脱”という言葉に共感する人も多いような気がします。あのラストには、どのような感想を持ちましたか?

デミ・ムーアの圧倒的怪演で、2024年度の賞レースを席巻した『サブスタンス』
デミ・ムーアの圧倒的怪演で、2024年度の賞レースを席巻した『サブスタンス』[c]2024 UNIVERSAL STUDIOS

大森「『観たことのないものをお見せします』というキャッチコピーも、決して大袈裟ではないですよね。ある種、グランドキャニオンを見た時の感覚に近いかもしれない。あまりにも壮大なものがあって、『すごいな…』と呆然としてしまいました。最後にああいう終わり方をすると予想できる人は、まずいないと思います」

山中「作り手側からすると、思いついたとしてもビビってやらないと思います(笑)!」

大森「僕が本作のプロデューサーなら止めているかもしれないです。スベりそうな気がして、怖い(笑)。それくらい思い切った描き方です。多少なりともものづくりをしている人間として、『あのリスクは取れない』と感じてしまう。でもあのラストは、そういったリスクもすべて超えていました!」


小道具の使い方や撮り方にも、没入感を与える魔法が仕掛けられている
小道具の使い方や撮り方にも、没入感を与える魔法が仕掛けられている[c]2024 UNIVERSAL STUDIOS

山中「監督のやりたいことに実感が伴っていないと、あそこまでやる勇気は出ないですよね。わたしはあの姿になったエリザベスを見て、『最後まで付き合うぞ!』という気持ちになっていました」

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