応答せよ、世界!『片思い世界』の“叫び”に込められた痛烈な無念【小説家・榎本憲男の炉前散語】

応答せよ、世界!『片思い世界』の“叫び”に込められた痛烈な無念【小説家・榎本憲男の炉前散語】

小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(現・銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第3回は広瀬すず杉咲花清原果耶がトリプル主演を務め、『怪物』(23)や『ファーストキス 1ST KISS』(公開中)など話題作を生み出し続ける、脚本家・坂元裕二が『花束みたいな恋をした』(21)の土井裕泰監督との再タッグで贈る『片思い世界』(公開中)にフォーカス。本作における“欲望”について考える。

※本記事は、『片思い世界』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

『花束みたいな恋をした』と『片思い世界』の共通点

『花束みたいな恋をした』で現代の若者の心情をリアルに活写した坂元裕二と土井裕泰コンビの新作『片思い世界』は、メインキャラクター三人の欲望が作品を際立たせている点において、とても重要な作品です。


国民的な実力派俳優、広瀬すず、杉咲花、清原果耶のトリプル主演で贈る『片思い世界』
国民的な実力派俳優、広瀬すず、杉咲花、清原果耶のトリプル主演で贈る『片思い世界』[c]2025『片思い世界』製作委員会

この連載でくり返し書いているように、ストーリーの急所は構造と欲望です。そして、現代をヴィヴィッドに描くストーリーにはこの欲望(wantともneedとも、またthemeとも呼ばれる)を深化させることがとても重要です。主人公はいったいなにを求めているのか。そしてその欲望はいったいどういう意味を持つのか。これがストーリーの出来ばえを大いに左右します。

前作『花束みたいな恋をした』で恋人となった二人の欲望は似ています。この世知辛く理不尽な社会を、好きなものに救済を求めながら生きていきたい、好きなものを媒介にして他者とつながりたいという願い(欲望)において二人は同志であり、そのような心模様は、多くの若者から共感を得たようです。そして、二人の目論見があっけなく挫折するところがまたリアルでした。『花束みたいな恋をした』における<好きなものを媒介とした結びつき>を恋愛だと思う心の脆さを、岸善幸監督(原作:朝井リョウ)の『正欲』(23)における、特殊な欲望の同一性による結びつきの強靭さと比較すると、その対照的な結末がとても興味深く感じられるのですが、これついては、機会があればここで書いてみたいと思います。

『花束みたいな恋をした』の麦(菅田将暉)と絹(有村架純)の二人が似通った欲望を抱いているように、『片思い世界』の三咲(広瀬)、優花(杉咲)、さくら(清原)も同じ欲望を抱いています。ここまでは2つの作品は相似形をなしていると言え、またこの欲望がそれぞれの作品にとって非常に重要である点も共通しています。しかし、『片思い世界』は『花束みたいな恋をした』のリアルさを超えて、さらに現代社会において意義深いものになっている、と僕は考えます。

リアルさを越えて意義深い、と僕は書きました。冒頭では、前作『花束みたいな恋をした』は現代の若者の心情をリアルに活写したとも書きました。こちらは誉め言葉としてはわかりやすいですよね。けれど、『片思い世界』の「リアルさを越えて意義深い」とはどういう意味なのでしょうか。

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語

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