“誰かを生かすこと”の恩恵が、現代へ命のバトンをつないでいる…『わたしの知らない子どもたち』をレビュー

コラム

“誰かを生かすこと”の恩恵が、現代へ命のバトンをつないでいる…『わたしの知らない子どもたち』をレビュー

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懸命に生きる子どもたちに差し伸べられる大人たちの救いの手

闇市で生きる孤児たちを受け入れ仕事を与える、新興ヤクザの組長、菊沢(岡田准一)
闇市で生きる孤児たちを受け入れ仕事を与える、新興ヤクザの組長、菊沢(岡田准一)[c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

映画には、『太陽の帝国』(87)や『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』(90)、『異端の鳥』(19)や『ホワイトバード はじまりのワンダー』(24)など、多様な国を舞台にしながら〈戦禍〉によって流転する子ども(少年、少女)を描いた作品群がある。家族を失った琴子が、男子と性別を偽って孤児たちと街の片隅で生きてゆく姿を描いた本作も、これらの流れを汲む作品だ。過酷な状況下においても、生きてゆくことを諦めないのは、困窮した子どもたちに対して助けの手を差し伸べる大人の存在があるからだ。

本作で印象的なのは、花瀬琴音が演じたひろえという女性。闇市で路頭に迷った琴子に対して、彼女は靴磨きの仲間に招き入れ、“生きる術”を優しく指南するのである。行政による公助が機能しない時代に、困窮する者同士で疑似家族のように共助し合う姿は、「自分さえよければそれでいい」という、利己的な風潮にある現代社会へ対する戒めのようにも見える。

私の父母は共に1944年生まれ。戦中の食糧難の時代にありながらも、「強い子が育ちますように」と、近所の方が牛乳を分けてくださったという逸話を子どもの頃に聞かされた経験がある。当時は、栄養失調で病死した子どももたくさんいたと伝え聞く。戦争がいつ終わるとも判らない時期にもかかわらず、誰かの善意や厚意によって相互扶助を機能させていた事例が私の身近にあるのだ。もし、両親のどちらかが亡くなっていたら、私はこの世に存在せず、当然のことながらこの文章も書いていない。そういった“誰かを生かすこと”の恩恵は、確実に現代へと継承され、命のバトンをつないでいるのである。

『わたしの知らない子どもたち』は公開中
『わたしの知らない子どもたち』は公開中[c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

戦後間もない時期には、戦争で親を失い行き場のなくなった子どもたちを物語の題材にした、小津安二郎監督の『長屋紳士録』(47)や清水宏監督の『蜂の巣の子供たち』(48)のような作品があった。中沢啓治の漫画「はだしのゲン」、野坂昭如の小説「火垂るの墓」を実写やアニメとして映画化した作品、近年では『ゴジラ-1.0』(23)にも戦争孤児のモチーフが散見されるが、その作品例は日本映画史において決して多くない。

だからこそ、戦争を知らない世代が“語られてこなかった戦争孤児”を描くことに意義がある。誰かを思い、誰かを生かそうとする利他的な献身の姿勢は、どんな時代、どんな極限状況に置かれたとしても普遍性を帯びるはずなのだ。それゆえ『わたしの知らない子どもたち』は、〈大人の理屈〉だけで戦争を考えてはならないと改めて私たちを戒めるのである。


文/松崎健夫

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