『DIGGER/ディガー』で来日したアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と『国宝』李相日監督が考える、映画作家として“世界”を描くこと「映画は言語化できない領域にこそ触れられる」

『DIGGER/ディガー』で来日したアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と『国宝』李相日監督が考える、映画作家として“世界”を描くこと「映画は言語化できない領域にこそ触れられる」

リンクをコピー

「トム・クルーズはどんな時も飛行機から飛び降りる時と同じ集中力で演技をしている」(イニャリトゥ)

シドニー・ルメット監督の『ネットワーク』が本作にとって大きなインスピレーションになったというイニャリトゥ監督
シドニー・ルメット監督の『ネットワーク』が本作にとって大きなインスピレーションになったというイニャリトゥ監督[c]2026 WBEI and Legendary

李「石油王のディガー・ロックウェルという人物についてですが、彼が舞台劇で俳優カーティス・マークソンが演じている役だとわかるまで、私たちは現実の人物を観ているのか、あるいは誇張された存在を観ているのか判断できません。その壁が取り払われた瞬間、映画の世界の見え方が一変しました」

イニャリトゥ「それは大きな賭けでした。最初の30分間で、どれだけ観客を苛立たせられるか。そこに挑戦していました。そして観客が作品の仕掛けに気づいた後でも、再びフィクションの物語に戻ってきてくれるかどうか。それが勝負だったんです。ちゃんと成立するかどうか、私自身にもわかりませんでした」

李「見事でした」

イニャリトゥ「ありがとうございます(笑)」

26回目の来日を果たしたトム・クルーズ
26回目の来日を果たしたトム・クルーズ[c]2026 WBEI and Legendary

李「その成功には、トム・クルーズという存在も大きかったと思います。もちろん世界の誰もが認める最高にすばらしい俳優ですが、近年はアクションスターとしてのイメージが強かった。今回はそのアクションを完全に封印しての演技になります。トムには本質的な善良さがあり、人間の良心のようなものが感じられる。だからこそ、あれほど強欲で邪悪なディガー・ロックウェルという人物を演じることで、人間の欲望の暗部が逆説的に浮かび上がっていたように思います」

イニャリトゥ「それこそがこの作品のテーマです。人類の強欲さと盲目さ。いまの私たちは2つの戦争を抱えています。ひとつは国が国を武力で侵害しようとする実際の戦争。もうひとつは自然に対する戦争です。しかし人間は、自分が自然の一部だと考えていない。自然を単なる資源としてしか捉えていません。私たちは驚くほど創造的で、多くのものを生み出してきた。それなのに、最も基本的なことが見えていない。木が必要だということ、水や空気が必要だということ。それすら忘れてしまっている。そして一部の強欲な人々が、『環境破壊?そんな話はウソだ。間違っている』と語る。このまま事態を進行させれば、もう私たちに未来はない。だから私は、特に若い世代のためにこの映画を作りました。

「これまでのイニャリトゥ監督の作品に感じた神や死者の霊魂のような存在が消え去り、人類から見えなくなってしまったようにも感じました」(李)

ラストはトム・クルーズが圧巻の演技で魅せる
ラストはトム・クルーズが圧巻の演技で魅せる[c]2026 WBEI and Legendary

それから初めて実際に組むことで、トムという俳優についても新たな発見がありました。彼は指先の動きからウインク、足先にいたるまで、まるで精密な機械のように正確なんです。どんな時も飛行機から飛び降りる時と同じ集中力で演技をしている。ある意味で今回は、エモーショナル(感情的)なスタントをやっていたとも言えますね。そしてすばらしいことに、普段の彼は本当に紳士です」

李「『DIGGER/ディガー』の演技は、彼の最高傑作だと思います」

イニャリトゥ「私もそう思います。彼の表現の幅広さがよくわかりますし、私たちを笑わせる才能がどれほど豊かなのかも実感できるはずです」

李「これまでのイニャリトゥ監督の作品には、神や死者の霊魂のような、目に見えない存在が私たちを見つめている感覚がありました。しかし本作のラストでは、そうした存在が消え去り、人類から見えなくなってしまったようにも感じました」

【写真を見る】『DIGGER/ディガー』を語り合うなかで現在の社会情勢や環境問題にも話が及んだイニャリトゥ監督と李監督
【写真を見る】『DIGGER/ディガー』を語り合うなかで現在の社会情勢や環境問題にも話が及んだイニャリトゥ監督と李監督撮影/木村篤

イニャリトゥ「同感です。とても美しい表現ですね。原子と原子のあいだに存在するなにか。私たちの祖先はそれを理解していたと思います。実は先日、初めて根津の庭園を訪れたのですが、本当に感動しました。灯籠も岩も木も、すべてが聖なるものとして存在している。そこには深い理念があり、何千年も受け継がれてきた美や調和、自然への敬意がある。先ほどあなたがおっしゃった“私たちを見つめているなにか”も、まさにそうした感覚を表しているのだと思います。そして私はちょうど妻にこう話していました。「なぜ私たちは、それが見えなくなってしまったのだろう」と。でも実際には、それはいまもそこにあるのだと思います。消え去ったわけではない。問題は人間の側です。私たちは自分自身が作り出した物語、あるいは他人が作った物語に囚われている。その結果、本来見えていたものが見えなくなってしまったのではないでしょうか」

李「本当にそう思います」

イニャリトゥ「自分の身体や感覚とのつながりさえ失ってしまった。抽象的な概念やアルゴリズムの中に人生を置き、自分たちが作った物語の中で迷子になっている。それがいまの時代の人類の姿なのだと思います」


取材・文/森 直人

作品情報へ

関連作品

  • DIGGER/ディガー

    3.7
    6495
    トム・クルーズ主演×アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督によるコメディ
  • 国宝

    4.6
    20348
    吉沢亮主演、吉田修一の同名小説を原作に、名もなき青年が稀代の歌舞伎役者になるまでを描くドラマ