『DIGGER/ディガー』で来日したアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と『国宝』李相日監督が考える、映画作家として“世界”を描くこと「映画は言語化できない領域にこそ触れられる」
トム・クルーズがアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と初タッグを組んだ主演最新作『DIGGER/ディガー』(公開中)。気候危機を入口に、人類の強欲や情報社会の病理へと迫る本作は、痛烈な風刺と壮大なエンタテインメントを両立させた傑作にして問題作として、世界的な話題と議論を呼んでいる。
日本公開直前には、トム・クルーズとイニャリトゥ監督が来日し、連日日本のメディアを賑わせた。そのタイミングでなんと、イニャリトゥ監督と『国宝』(25)で国内外から高い評価を集めた李相日監督との特別対談が実現。映画が現代社会とどう向き合うべきか、風刺とユーモアの表現、そしてトム・クルーズという俳優の魅力について、2人の映画作家が縦横無尽に語り合った。
※本記事は、映画のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。
「『DIGGER/ディガー』をこうした形で描いたのは、私自身が現在の複雑な世界の状況をどう表現すればいいのかわからなかったから」(イニャリトゥ)
李相日(以下、李)「はじめまして。お会いできて光栄です。世界中の映画人があなたを尊敬していると思いますが、僕もそのひとりです。新作を拝見するたびに圧倒され、心底打ちのめされています」
アレハンドロ・G・イニャリトゥ(以下、イニャリトゥ)「ありがとうございます。李監督の『国宝』のすばらしさについては、トム(・クルーズ)から何度も熱弁されているんです。私はこれから拝見しますが、とても楽しみにしています」
李「実は昨年、『国宝』のアカデミー賞キャンペーンで最初に参加したのが、ガバナーズ・アワードの授賞式でした(現地時間2025年11月16日、ハリウッドにあるレイ・ドルビー・ボールルームにて)。そこでイニャリトゥ監督のスピーチを聞き、トム・クルーズさんとのツーショットを目にして、この2人がどんな化学反応を起こすのだろうと大きな期待を抱きました。僕はずいぶん離れた席だったんですけど(笑)」
イニャリトゥ「そのイベントは楽しめましたか?」
李「もちろんです。なにもかもが初体験でした。楽しくもあり、大変でもありました。その後、トムに『国宝』の試写をしていただいたのですが、別れ際にひとつ大事なことを言い忘れてしまったんです。イニャリトゥ監督にも『国宝』を観てもらってください、と」
イニャリトゥ「(笑)。いま、しっかりと受け取りました」
李「直接お伝えできて良かったです。今回の『DIGGER/ディガー』も、本当に度肝を抜かれました。五感すべてを刺激されるような、映画を超えた新しい体験でした。特に人類が人類にもたらす厄災というテーマに強く心を動かされました。この企画は約9年前、2017年ごろにスタートしたそうですね。その頃を振り返ると、第一次トランプ政権が始まり、理性や意思によって行われるはずだった政治が、感情や衝動に飲み込まれていく時代の始まりだったように思います。そうした現象は、この映画の出発点と関係しているのでしょうか」
イニャリトゥ「はい、間違いなく関係しています。私たちは自分たちを理性的な存在だと思いたがりますが、実際には感情が理性を超えてしまうことが多い。いまの世界は、ごく一部の人間によって動かされている部分があります。SNSやスマートフォンといったテクノロジーによって、その人たちが物語を作り、『現実とはこういうものだ』と私たちに提示する。そして多くの人々が、その物語を現実だと思い込んでしまう。本来自分たちが生きている現実ではなく、誰かが作った現実を信じてしまうのです。私にとって、それほど危険なことはありません。なぜなら私たちは、人間として持っている本来の能力を失い、知らず知らずのうち、世界の毒に蝕まれている自分自身と闘わなければならない状態に追い込まれているからです」
李「全面的に同意します。ただ、そうした問題意識を持っていたとしても、それを実際の映画やアートとして形にすることの難しさは、多くの作家が感じていることだと思います。白紙を前にして、『さて、どこから始めようか?』と」
イニャリトゥ「いまのお話を聞いて思い出したのですが、上映後にある若い観客から、『とても心を動かされた。この映画で描かれているようなことを、自分も世界に対して感じていた。でも、それを言葉にできなかった』と言われたんです。その時、映画は言語化できない領域にこそ触れられるのだと実感しました。今回の作品をこうした形で描いたのは、私自身が現在の複雑な世界の状況をどう表現すればいいのかわからなかったからです。
映画は過去・現在・未来を行き来する構造になっていますが、この現実において、“物語”自体は常に私たちの目の前で語られている。登場人物たちもまた、『この狂った物語をどう伝えればいいのか?』と問い続けています。だから私は映画館にいる観客の皆さんにも、この問いの一部になってほしかった。自分自身をどう理解するのか。物語の中の物語、そのまた中の物語。問いの中の問い、そのまた中の問い。『DIGGER/ディガー』は思考が重層的に連鎖するような入れ子構造になっています」
