山戸結希が『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』で差し出す、決定的で絶対的な劇場体験【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
「山戸監督はちゃんと‟リスクを取る”ということをやられてる。そして、こうして問答無用の作品を差し出してみせた」(宇野)
――今回の題材で山戸監督が撮ると聞いて、最初に覚えた興奮もまさにそこなんです。こういう、先入観が強く持たれているジャンルを敢えて山戸監督が撮ることの意味。それって、誤解されることもあり得るわけじゃないですか。『あ、なんか売れ線やるんだ』みたいな。それをまったく恐れずに飛び込んで、ちゃんと自分の作品にする。作品を観終われば誰にでもその意義が伝わるところまでやりきる。先ほどのこの7年の社会の変化という話に接続すると、みんなどうでもいい炎上を恐れたりして、どんどん‟ことなかれ主義”になっている。映画界におけるいろんな問題とも関わってると思うんですけども、それでも山戸監督はちゃんと‟リスクを取る”ということをやられてるなって。そして、こうして問答無用の作品を差し出してみせた。
山戸「そのように言語化してくださり、言い表し難い思いです。自分が本当に恵まれていた、と思うのは…もしかして当時『溺れるナイフ』を劇場で観てくださった方がこのインタビューを読まれたら、それはすぐ分かってくださるのではないかと思うのですが、いや、『溺れるナイフ』に限らず、当時の、ある種の苛烈な批判が…猛烈に批判されながら撮るっていうことは、そのこと自体が、すごく恵まれていたのだと思いますね。そして、賛否が分かれるなかでも、常に次の企画にアサインしてくださる方々がいてくれて、何よりも、声を届けてくださる観客の方々がいてくださった。追い風をいただいてきて、そして、作家にとって、批判しながらも観てくださる観客の存在というのは、一番すばらしい他者なんですね。興味をなくしたら、観ないですし言及もしないですから。やっぱりそこで言及してくださる方がいるからこそ、『こんなに批判されてるってことは、じゃあ実際どうなんだろう?』って確かめようとする方も出てきてくださって」
――そうですね。
山戸「特にそう志した訳ではなかったのですが、学生の時に撮った作品を携えて、着の身着のまま、何の装備も持たないまま、映画界に入っていって。自分だけがそうだったと言うつもりは毛頭ないのですが、ある種、権威的なところでの後ろ盾のようなものがない分、様々な声に晒されてきたことが、素晴らしい土壌になっていて。批判が土壌を豊かにするっていうことを、本当に作家としての実人生として、この身に受けられたこと、そこにやっぱり…」
――鍛えられた?
山戸「はい。もちろんそこには知的で強力な援護者が、観客の中にも、評論家の中にも、ずっといてくださって。そのことへのご恩と愛情は、何よりも大きいものとしてあり、熱い反響をくださる方達がいらっしゃったからこそ、そのように思えたのだと思うのですが、若い頃に、ある種の強い批判を浴びられたことは、本音で恵まれていたのだと、心の底から考えています。なので、この先、もっともっと批判される場所に行くということは――そうですね、これからも自分の人生を懸けて絶対に行かなければいけないと思っています」
――…最高すぎますね(笑)。…その上で、もう一度最初の質問に戻りますが、やっぱりいま、映画を取り巻く環境が流動的になっていて、配信プラットフォームの存在感や国外における日本映画の立ち位置がこの7年の間に大きく変わったという状況がある。それまで映画を撮ってきた監督が配信プラットフォームでテレビシリーズを作ったりということが、いわば当たり前のことになりつつある。ただ、そうやって映画監督という仕事が、ある種、職業としては溶解しつつあるなかで、多くの人が長編映画を――山戸監督の名前として語られる作品を待っていたと思うんです。映画って、やっぱり作家の作品として語られる側面がすごく強いですし、山戸結希というのは、そうやって”名前で語られる作家”だったと思うんです。産休や育休を挟んで、映画を撮ることというのはご自身のなかでいまも特別なものとしてあるのか、あるいはそこにこだわりはないのか、を教えてください。
山戸「これは作家によって異なるかとは思うんですが、基本的に企画にアサインしていただく時に、自分の場合は前提として “映画監督が来る”という形で受け入れてくださることが多く、その往還の中で作品を作らせていただけているということは、やはり大きいのだと思います。そして、実は観客からいただいたお手紙を読む際に、映画を通じて知ってくださった方と、それ以外、例えばミュージックビデオなどで知ってくださった方が、もしかしたら…」
――むしろ、最初に自分の名前を知られたきっかけは映画ではない人のほうが多いくらい?
山戸「おそらくは。その割合は、厳密にはわからないですし、これに関しては自分が特殊なケースだとは思うんですが。こうして宇野さんに、映画監督という属性ときちんと結びついていると言っていただけて、それは、なんというか、ハッ!と、胸突かれる思いと言いますか」
「一年に一本しか映画を観られない人のために映画を撮りたいと思っています」(山戸)
――確かに、きっと今作もそうなっていくと思うんですけど、山戸結希という名前、その作家性や記名性の外で作品が新しい観客に届くことが、一番大事なことかもしれませんね。そこから抜け出したいとも、別に思っていないってことですよね?
山戸「これは、本当に…なんと言うんですかね、こうしたインタビューは、作家が自己をプロデュースをするという意味では大変重要なものだと思うんですけれども、一方で、作品を観て“自分はこう生きていきたい”と、心から思えるような、観客にとって最上の体験をしてもらえたならば、監督が作品の外側で言っていることなんて、全てを忘れていただいて構わないと、心から思っています。今日この場も、もちろん真剣に臨ませていただいているのですが、こうした監督への取材がこれから一つもなくなったとしても構わない、そうあらねばならないとすら思います。作品外部での監督の語りを打ち捨ててもなお残るものが——誤解を恐れずに申し上げると、監督のポジション争いのために映画があるわけではなくて、観客の劇場体験のためにこそ、そのためだけに自分の映画はあってほしいと願っています。観客は、本気で日々の生活や仕事、学業や人間関係に追われながら映画を観てくれていて、(劇場での年間鑑賞本数の平均で)一年に一本しか映画を観られないっていうのは、その人が映画や文化を好きではないからではなくて、そこには本当に生活の“重さ”があるということの証明なのだと思います。まずチケット代だけで2000円以上かかり、往復の移動時間を含めたら何時間も割かれる、それでも劇場に足を運んでくださった方に、監督としての立場がどうこうとは言っていられない、言えるはずがないと。そこに割かれた生活のリソース、その時間とお金に見合うだけの、決定的で絶対的な劇場体験を、大きな目標ですが目指したい。本当にその人が生きていくための映画、それだけを撮りたい。一年に一本しか映画を観られない人のために、映画を撮りたいと思っています」
――ただの空論ではなくて、今回の『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』がそういう一本になり得る作品だけに、その言葉には説得力がありますね。
山戸「本当にずっと思って、ずっと考えてきたことではあるんですが、今作を尊敬すべき皆さんと作られたことで、こうして改めて公の場で明言し、より目指してゆきたいと思っています」
――その考えは、映画を作り続けてきた過程で生まれたものなんでしょうか?『21世紀の女の子』の頃は、インタビューなどでも、もちろん作品については話すけれど、なんらかの代弁者というか…発言ができる立場にあるからこその責任、みたいなことにかなり自覚的だったかと思うんですけど。そこはご自身として、変化というか成長した部分だと思われますか。
山戸「いえ…これは否定ではなく、逆に質問というか、ぜひ一緒に考えさせていただきたいのですが。今日の一番初めにお話しした、育児と長編の製作に至るまでの仕事の組み合わせ方の話も含めて、まさに今日のこの場もそうですし、後進の方に対するある種の影響力が自分にあることを信じて他者へと発言するということと、自己プロデュースのために何かを語る、作家としての行く末をコントロールするために何かを語る、つまり自己言及的なインタビューというものは、やはり異なるのではないか。隔たりがあるのではないかと…そうしたインタビューも、読むのは結構好きなんですけど。私小説文化の中で生きてきたから、それはそれで。でもやっぱり、私小説の文化がパフォーマンスとしての死にたどり着いてしまったように、私小説的に人を惹きつけた先には、当然、いつかその代償を支払わらなくてはならなくなるのだと思います。
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の主人公である(遠藤)和さんが自分の命が限られていると知ったとき、命を懸けて新しい命という贈り物を残そうとしたこと。それは、非常に主体的な望みであると同時に、やはり人の本質は贈与に宿るということの現れに思います。一方で、作家の姿勢としても、自家発電的な語りというものは、決して誰のことも豊かにしないのではないか。長くなってしまいましたが、自身のポジティブな影響力を信じて他者へと発言をすることと、たった一人の観客のためだけに映画を作るということは、地続きにあり、対立するところは、そこまでないのではないでしょうか」
――冒頭のシーンがテレビのバラエティ番組のリハーサル映像で始まったりとか、なんの変哲もない青森の町を背景にした市井の人たちのホームビデオやスマホで撮った動画が挟み込まれたりとか、“映画的”ということをふまえた時に美学的な意味ではそれを損ないかねない映像が、極めて山戸結希作品的な映像と並列して提示されていることも、いまおっしゃったことと通じるのかもしれないと思いました。全然違いますか?(笑)
山戸「いえ…!尊い視点だと思います」
――自分がこの作品に一番感動したのも、映画監督に象徴されるアーティストの特権性を剝ぎ取った場所で、先ほどおっしゃったように、月に何本も映画を観るような都市生活者ではなく、実は圧倒的なマジョリティである、年に一本しか劇場で映画を観ないような地方で生活する普通の人たち――っていう言い方もすごく傲慢なんですけども――を同じ目線で描こうとしているところで。
山戸「ご提示くださった文脈に、感動を覚えます。作品内でそうした特権性が等質化されているというご指摘は、まさにこの世界の方が先に——この作品が生まれるよりも前に──現在、人類史上最も多くの人が、スマートフォンという形でカメラを所持しており、撮影行為の特権性が普く均質化されていることの反映でもあります。それは映画の美学を損ないかねないというご指摘もその通りで、つまりそれは、それぞれの作家がその信念において何を選択するかということのみが焦点になるのだと思います。自分個人においては、映画の美学よりも優先して、常にこの世界の倫理のほうが第一義的に存在するべきだという発想があり、この世界が、この作品をこの形式たらしめているのだと考えています」
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