『バックルームズ』ケイン・パーソンズ監督に問う“映画”との距離、生い立ちからひも解くアイデアの源【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

『バックルームズ』ケイン・パーソンズ監督に問う“映画”との距離、生い立ちからひも解くアイデアの源【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

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「僕たちは同じアイデアを異なる形で何度も発見し続けているんじゃないかと思うんです」(ケイン・パーソンズ)

クラークのカウンセリング担当する医師、メアリー役にレナーテ・レインスヴェ
クラークのカウンセリング担当する医師、メアリー役にレナーテ・レインスヴェ[c]2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

――ジョン・カーペンターのように自分でスコアを作る監督というのは過去にもいましたが、あなたのこれまでのインタビューを読んでいると、アニメーションやゲームの話はされていますが、実写の長編映画の話をされているのをあまり読んだことがありません。特別な思い入れのある監督や作品を、今日の気分でいいので教えてもらえますか?

ケイン「もちろん実写作品もたくさん観てますし、大好きですよ。あまりそのことを語ってきていないのは、僕のインスピレーションの源について、メディアが意外性のある部分だけを偏って取り上げがちだからだと思います。僕について取り上げられるストーリーの多くは、どういうわけか『どれほど型破りであるか』に焦点が当てられがちなんです。ただ、僕は映画もほかの表現方法を同じ“メディア(媒体)”として捉えています。それがアニメーションであれ、ビデオゲームであれ、自分が好きなのは“ストーリーテリング(物語を描くこと)”なんです。なので、一人の消費者としては、アニメーションでも、ビデオゲームでも、実写作品でも、それらを自由に行き来していて、それぞれの境界線はあまり気にしていません。特別な思い入れのある作品でいうなら、これまで『ブレイキング・バッド』や『ベター・コール・ソウル』や『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』は、もう500回くらい観返しています」

――でも、それらはテレビシリーズで長編映画ではないですよね?(笑)

ケイン「長編映画でいまパッと思いつくのは、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ストーカー』ですね。ほかにも、『バックルームズ』には実写映画からのたくさんの影響源があります」

本作ではインターネットから生まれた不気味な空間“リミナルスペース”が舞台となっている
本作ではインターネットから生まれた不気味な空間“リミナルスペース”が舞台となっている[c]2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

――2020年代のアメリカで生活しているティーンがタルコフスキーの映画に出会う機会というのは、なかなか限られていると思いますが、家庭環境的にそういう作品が身近にあったのでしょうか?

ケイン「子どもの頃、両親に映画館へ連れて行ってもらう機会はありましたが、そこまで頻繁ではありませんでした。僕の母はセラピストで、父はプログラマーとしてビデオゲームのバーティカルシステムなどを手掛けていて、特に音楽面では両親がよく聴いていた音楽のテイストを受け継ぎましたが、映画についてはそこまで直接的な影響はないかもしれません。ただ、父は実験的なホラー映像が好きだったので、その影響はあるかもしれませんね」

――父親が「実験的なホラー映像が好き」というのは、自分の世代ではなかなか考えられないことですが(笑)、あなたは自分からすると息子でもおかしくない歳ですからね。そう考えると、確かにそういう環境で育った世代というのは確実に存在するんでしょうね。

ケイン「『バックルームズ』ではよくデヴィッド・リンチの作品が引き合いに出されるのですが、この作品を撮る前に彼の作品は一度も観たことがありませんでしたし、いまでもほとんど観ていません。ただ、父が彼の大ファンだったので、家の中にデヴィッド・リンチ作品的な要素が転がっていて、彼の作品の世界に囲まれて育ったようなものかもしれません。でも、それは自ら探求したものではなく、無意識のうちに認識していたものです。デヴィッド・リンチはいまでも『イレイザーヘッド』しか観たことがないんです。いつかほかの作品も観たいとは思っているのですが、なかなか観る時間を作ることができなくて(笑)」

迷い込んだバックルームズの中で店の家具に似た物体を発見するクラーク
迷い込んだバックルームズの中で店の家具に似た物体を発見するクラーク[c]2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

――デヴィッド・リンチに限らず、自分が観たこともない作品からの影響について聞かれたり、書かれたりすることも多いんじゃないですか?

ケイン「本当にそうなんです。でも、そうしたものの多くは潜在意識のなかに漂っているだけで、僕たちは同じアイデアを異なる形で何度も発見し続けているんじゃないかとも思うんです。なので、僕自身がその作品を知らなくても、そこにはいくらかの真実があるのかもしれません」

「恐怖を感じるためには、自分が認識している“現実”との強い結びつきが不可欠なのだと思います」(ケイン・パーソンズ)

――ちょうど自分も『バックルームズ』のレビューを日本の新聞に書いたばかりなんですけど、そこで「登場人物の記憶やトラウマを反映した空間へと“壁抜け”する描写はまるで村上春樹の小説の映像化のようでもある」と書きました(笑)。もちろん、あなたが村上春樹の諸作品を読んでいるかどうかは別にして、という前提で。

ケイン「村上春樹の小説も、ぜひ読んでみたいと思っています。人々が『バックルームズ』に関連して挙げている作品がどういうものなのか、純粋に興味があります。きっとあなたもお気づきの通り、『バックルームズ』がテーマとして扱っていることや語っていることのすべては、決して新しいものではありません。何千年もの間、人々はずっとそうした概念を芸術的に解釈し続けてきました。だからこそ、『自分はそうしたアートの歴史のなかでどの位置にいるのだろうか』と理解したくなるんです。『ほかに似たような発想にはどんなものがあるのか?』、『そうした先人たちとの大きな意味での対話の文脈のなかで、自分の作品はどこに着地しているのか?』。そういうことを自分の頭で理解しようと努めたいと思っています」

無限に続く黄色い壁紙の空間が、言葉にできない恐怖を誘う
無限に続く黄色い壁紙の空間が、言葉にできない恐怖を誘う[c]2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

――あなたがこれまでほかのインタビューなどで指摘してきた通り、『バックルームズ』はジャンルとしてのホラー映画ではありませんが、やはりホラー表現と実写というフォーマットにはほかにはない相性のよさがあるように思います。アニメーションやCGなどでもホラー表現は可能ですが、そこで“本当の怖さ”を生みだすのは相当難しいんじゃないかと常々考えているのですが、あなたの意見を聞かせてください。

ケイン「僕も似たような感覚を持っています。僕にとって、現実との繋がりを彷彿させる作品であればあるほど――ファウンド・フッテージ形式のフィクションが好例ですが――夜も眠れなくなるような恐怖を感じやすいんです。そう考えると、特にアニメーションはそこからかなり遠い位置にありますね。もちろん、アニメーションやCGでもダークな表現はできますし、ホラー作品としての切迫感や物語の重みを実写と同じレベルで持たせることは間違いなく可能です。ですが、個人的な感覚としては、恐怖を感じるためには、自分が認識している“現実”との強い結びつきが不可欠なのだと思います。アニメーションに限りませんが、表現におけるデフォルメ(抽象化)という概念そのものが、恐怖を感じるうえでは障壁になるように思います」

A24公認の『バックルームズ』日本オリジナルTシャツを着用してくれたケイン・パーソンズ監督
A24公認の『バックルームズ』日本オリジナルTシャツを着用してくれたケイン・パーソンズ監督撮影/興梠真穂



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