『勝手にしやがれ』はなぜ名作なのか?映画史にもたらした映像革命と『ヌーヴェルヴァーグ』における再解釈
あまりに楽しいメタシネマ―映画についての映画。リチャード・リンクレイター監督の新作『ヌーヴェルヴァーグ』が7月10日に公開された。1959年のパリで“新しい波”を起こしていた若きシネフィル(映画狂)たちの熱を現代の感性ですくい上げ、ジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作『勝手にしやがれ』(59)の撮影現場を、まるで撮影日誌のように再構成する快作だ。
ゴダール、トリュフォー、シャブロルといった代表監督―そしてスクリプターや共同脚本など多役を担う運動体の要だったスザンヌ・シフマンら、映画史の教科書で固有名詞として並ぶ人物たちが、リンクレイターの手にかかると、隣室で映画談義に興じる若者のように息づき始める。『バッド・チューニング』(93)や『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(16)で見せたハングアウト映画の祝祭感―仲間と過ごす時間そのものが映画になる軽やかさが、ヌーヴェルヴァーグの青春へと重ねられていく。
『ヌーヴェルヴァーグ』で語られる『勝手にしやがれ』はどんな作品?
この新作を入り口にすると、自然と一つの問いが浮かぶ。『勝手にしやがれ』とはなんだったのか。なぜ、あの伝説的な作品はいまなお鮮烈に輝き続けているのか。ヌーヴェルヴァーグの“決定打”として語り継がれるこの金字塔は、当時28歳のゴダールが撮った映画史に革命をもたらした一作である。
1959年当時、ゴダールはカイエ・デュ・シネマ誌で鋭い批評を書き、アメリカ映画の編集やジャンルの遊び方を熱烈に擁護する批評家の旗手だった。一方で、現場では短編を数本撮っただけの新人監督で、資金も経験も乏しい。そんな彼を支えたのが、批評仲間でありのちに監督となるトリュフォー、シャブロル、助監督のシフマン、撮影監督ラウール・クタールら、ヌーヴェルヴァーグの若き才能たちだった。「映画はもっと自由でいい」という共通の信念が、ゴダールの破天荒なアイデアをあと押しした。
映画文法における“反則”を駆使したゴダール
物語自体はシンプルだ。若い犯罪者ミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)が警官を撃ち、逃亡しながらアメリカ人留学生パトリシア(ジーン・セバーグ)とパリをさまよう―ただそれだけ。しかしゴダールは従来の映画文法を意図的に無視し、ストーリーよりも映画がどのように呼吸し、跳ねるかを重視した。
ジャンプカットによる時間の断裂、俳優の即興的な台詞、肩に担いだカメラで街を歩くドキュメンタリー的撮影、突然挿入される引用や視線のズレ。これらは当時の映画文法から見れば“反則の連続”だったが、ゴダールはそれを反則のまま肯定し、映画を即興の連鎖として立ち上がらせた。場当たり的というより、むしろフリージャズのように、自由なアクションが映画の呼吸そのものになるスリリングな瞬間が画面に満ちている。
ジャンプカットは撮影素材不足を補う苦肉の策だったという有名な逸話がある。しかし、その“苦肉”が映画史を変えた。街撮りは許可を取らず、クタールが小型カメラを抱えて人混みに紛れ込む“盗み撮り”のような手法で行われた。現場は混乱し、脚本は日々書き換えられ、俳優には「好きに話して」と伝えられる(台詞はアフレコで入れるため)。だが、その混乱こそが映画を自由にし、観客に“映画ってこんなに楽しいんだ”という感覚をいまも与え続ける。
