『マジカル・シークレット・ツアー』で飛躍。天野千尋監督の“生きてる人間のリアリティ”を切り取る方法【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

『マジカル・シークレット・ツアー』で飛躍。天野千尋監督の“生きてる人間のリアリティ”を切り取る方法【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「今回みたいに既存の名曲が使用できるなら、わざわざ曲を書き下ろすこともないと思っていて」(宇野)

――有村さんすごいな。この作品、どこをとっても妥協がなくてびっくりしたんですよね。日本映画の場合、ちょっと風呂敷を広げた作品って、それこそメジャーの作品でさえ、「ここはまあ、ちょっとコスト的に節約したんだな」とか思うところがあるわけですけど、この規模の作品で、キャスト陣の実力と知名度のバランスも高い水準にあって、最後まで2時間ずっとおもしろい。その実現力の高さがなにに由来するのかを、今日は一番知りたかったんですよね。

表情で語るシーンの多い有村架純
表情で語るシーンの多い有村架純[c]2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会

天野「いやいや、宇野さんにそう見えているなら、本当にありがたい限りなんですけど。企画を書き始めた段階では、自分の中ではあんまりジャンルというものは意識していなくて。やっぱり常に人間の、キャラクターのおもしろさをどう見せるかを考えながら脚本を作っていって。プロデューサーと話しているうちに、やっぱりこれはちゃんと密輸してるシーンも撮らないといけないし、海外ロケも必要だし、まあお金がかかる。お金がかかるってことは、商業的な間口も広げないといけないので、ある程度エンタメ的な見せ方をしないと成立しないよなっていうことも実感してきて。だから最初の話につながるんですけど、エンタメ的な見せ方をしつつも、自分が描きたいことをどこまで貫けるかっていう葛藤を、本当に脚本の段階から、仕上げの編集もだし、最後の最後まで続けていたような感覚で。それが妥協のない作品に感じてもらえたら、こんなにうれしいことはないです」

――細かい妥協はしているけれど、それに気づかないくらい、丁寧に調整をし続けた?

天野「妥協というか、葛藤しながらいろんな選択をしてきました」

――現状、日本映画ってアラ探しをし始めたらキリがなくて。「よし、今日は日本のインディーズ映画を観るぞ」「これは『プラダを着た悪魔2』ではないぞ」って自分でチューニングして観ないと、いろんなことが気になってしまう。背景で走っている車が作品の時代設定と違っても、学校やオフィスの登場人物がやたらと少なくても、チューニングを合わせたら観られるけど、合わせなかったらとてもじゃないけど観てられない。それが、普通のお客さんも映画館に足を運ぶエンターテインメント映画の一つの定義だと思うんですよね。そういう意味では、作品の最後に誰も得をしない変なタイアップ曲ではない、ちゃんと作品のテーマに合った椎名林檎の「ありあまる富」が流れた時、すごく達成感のようなものを感じたんです。

天野「あはは(笑)」

――いや、本当に思うんですけど、変な作品に自分の好きなアーティストが曲を提供していてもがっかりしちゃうし、その逆もがっかりしちゃうし、それだけで台無しな気分になっちゃうんですよね。もっと言うと、今回みたいに既存の名曲が使用できるなら、わざわざ曲を書き下ろすこともないと自分は思っていて。『マジカル・シークレット・ツアー』は「ありあまる富」という名曲にちゃんと見合った作品でした。

天野「ありがたいです。やっぱり、有村さんが最初にやるって言ってくださったことで、ちゃんとやりたいことをやるだけの予算が集まったっていうのが本当に大きくて。その信頼から、これだけのキャストの皆さんも集まってきてくださったと思いますし、スタッフの皆さんの腕も確かなものだったので、撮影も照明も美術も音も、これだけのクオリティの作品にすることができて。しかも、ただクオリティが高いというだけでなく、キャラクターに合った部屋のセットだったり、そのシーンに合った撮影方法を選ぶことができたんですよね。選択する自由がちゃんと持てる作品だった。そのことがすごく幸運だったなと思います。例えば、シンガポールのシーンを撮る時は、カメラも日本のシーンとは違ってラージフォーマットのカメラを使おうということを相談して、そうするとやっぱり、見え方がすごく変わってくる」

多額の借金を抱えた大学の研究員・清恵。それぞれの自宅や実家が生活感たっぷりに写される
多額の借金を抱えた大学の研究員・清恵。それぞれの自宅や実家が生活感たっぷりに写される[c]2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会

――登場人物の心情ともシンクロして、一気に視界が開けてくる感じがありましたが、なるほど、シンガポールのシーンではカメラを変えてるんですね。

天野「はい。例えば麻由(南沙良)の部屋一つとっても、ものすごく雑然として物が多いんですよね。その物の多さによって、麻由っていう、経済的貧困にある家庭の様子を、セリフだけじゃなくて画で見て取れるようなものが作れた。それだけの物が用意できるのも、もちろん美術さんの力もあるし、やっぱり予算もあるしで、それに恵まれたっていうのが幸運でした」

――空港の税関のシーンも、税関の協力を取り付けたと聞いて驚きました。そういうのは、予算だけじゃなく、スタッフの粘り強い交渉力もあると思うのですが、だからこそ、有村架純さんのあのとんでもない演技力も活きてくる。ちょっとした表情の変化だけですべてを表現できる有村さんが、後ろめたい気持ちを抱えて税関を通っていく、それだけでどんなアクションシーンよりもスリリングで。

天野「有村さんはすごいです。でも、本当に努力の人なんだなって。なんでもできる天才っていうよりは、すごく地道な努力をされる方だなって印象が強くて。役作りにしても、ノートに自分が納得するまで書かれていたりとか。その積み重ねがあって、いまの彼女があるんだなっていう。ご自身でもやっぱり『自分は決して器用ではない』っていう風におっしゃっているんですけど、だからこそやっぱり自分が納得するまで役を突き詰めて臨んでるんだなというのが、今回すごくよくわかりました」

たびたび登場する空港の関税シーン。二児の母である和歌子は子連れで密輸に参加
たびたび登場する空港の関税シーン。二児の母である和歌子は子連れで密輸に参加[c]2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会

「自分が一番大事にしているのは“生きてる人間のリアリティを切り取る”っていうこと」(天野)

――ちょっと最初の話に戻りますが、今作の和歌子(有村)のキャラクターもそうですけど、前作にもワンオペ育児的な描写があって。それは似たような経験をしてきた天野監督が脚本を書いているからこそ出てくるテーマだとは思うんですけど、どうしても多くのメディアではそういうジェンダー問題にまつわるイシューにフォーカスが当たるような見え方になっていて。そういうメディアに求められる役割についてどう考えられていますか?というのも、作品のプロモーションという意味で、それが動員に結びついているのか自分はちょっと疑問に思っていて。

天野「たしかに、それによって観る人を限定してしまう面はあるかもしれませんね。一方で、前作や今作はそこにこそ作品におけるリアリティが凝縮されている気もして。自分が一番大事にしているのは“生きてる人間のリアリティを切り取る”っていうことなんです。加えて、とはいっても映画はフィクションなので、そこにある種のファンタジーだったり、日常から飛躍できる魔法みたいなものが掛け合わさると、自分が描きたいものと、お客さんに広く届くものが重なってくるのかなって。それをどうプロモーションするかはまた別の問題ですが」

――確かに、『マジカル・シークレット・ツアー』は3人の女性がただ連帯するという作品ではなく、それぞれが自分だけの都合を抱えていて、それぞれの人生を送っている個人としてのバックグラウンドがちゃんと描かれていて、またそれぞれの人生に戻っていくことでとても多面的でリアリティのある作品になっている。和歌子の映画とか、清恵(黒木)の映画とか、麻由の映画みたいな作品は他にもあるかもしれませんが、3人全員のキャラクターがちゃんと“生きてる”、こういう作品はこれまであまり日本で観たことなかったかもしれません」

天野「そう言っていただけるとうれしいですけど、いやー、もう不安でいっぱいでした。本当に、常に。私自身はこの3人がとても好きなんですけど、この3人の魅力がどこまで観る人に伝わるんだろうっていうのが本当に読めなくて」

 「もう躊躇せずにチャンスを掴んでいってほしい!」と宇野から激励
「もう躊躇せずにチャンスを掴んでいってほしい!」と宇野から激励撮影/黒羽政士

――今作を観た人はみんな確信すると思うんですけど、これからまだまだもっと大きな作品を作るチャンスがくると思うので、その時にはもう躊躇せずにチャンスを掴んでいってほしいです…っていう、最後に余計なアドバイスを(笑)。

天野「でも、これ以上に大きい作品ってことになると、やっぱりさらに分かりやすくしないといけないのかなぁと悩みますね。もっと多くの人に届けるためには」

――海外に目を向ければ、このままのやり方でも潜在的な観客はたくさんいると思います。ご自身が国外に出てもいいし、作品が国外に出る機会だってこれからどんどん増えるだろうし。

天野「ですかね! なんか希望がわいてきました(笑)」


取材・文/宇野維正


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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