『マジカル・シークレット・ツアー』で飛躍。天野千尋監督の“生きてる人間のリアリティ”を切り取る方法【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
「有村さんが脚本を気に入ってくれて、受けてくださったところから一気に動き出したんです」(天野)
――ドラマでは脚本だけのお仕事もされていますよね。
天野「はい。最近だと『天狗の台所』とか、あとはNetflixの『ヒヤマケンタロウの妊娠』とか。自主映画の脚本で書くことの練習をしながら、徐々に上達していったというか。自主映画を作っていて、やっぱりホンがつまらないと人に見せても反応が悪いし、撮りながら自分で納得できなくなっちゃうこともあって、やっぱり脚本に問題があるんだっていうのに気づいて。なにが問題なのかを自分で考えたり、人にたくさん相談したり、少しずつ少しずつ技術がついてきたっていう感じですね」
――じゃあ、理想として自分で脚本を書いた映画を撮ることで、脚本だけの仕事は基本的にはサブという認識ですか?
天野「はい」
――国内外問わず、映画を撮りたいと思うきっかけになった監督がいたりするんですか?あるいは、こういうやり方だったら自分にもやれるんじゃないかと思えたロールモデルのような人とか?
天野「私、そもそも映画に興味を持ち始めたのが本当に遅くて。20歳過ぎるまで、本当に観てこなかったんです」
――そうなんですか? でも、小説とか漫画とか、普通にフィクションには接してはいたんですよね?
天野「小説も漫画も普通に好きでしたけど、特別に詳しいとかではなく、それも人並みだったんですよね。で、大学の終わり頃に、中国に1年留学した時期があったんですけど、そこでアジア映画のDVDをたくさん観て」
――あ、中国映画に限らず?
天野「はい。むしろ韓国や日本の映画をその時期に初めてたくさん観ました」
――その頃の中国だと、海賊盤が大量に出回っていた時代ですよね。
天野「そう、100円とかで道端でたくさん売られていた時期です(笑)。暇だったので、現地で仲良くなった韓国人の友達と、韓国の映画や中国の映画、そして日本の映画を初めてたくさん観て。イ・チャンドン監督の『オアシス』とか、ポン・ジュノ監督の『ほえる犬は噛まない』とか『殺人の追憶』とか、チャン・イーモウとか、ジャ・ジャンクーとかその辺りを片っ端から観ました。それまで、私にとって映画って、大きな船が沈んだりとか、地球滅亡したりとか…」
――『タイタニック』と『アルマゲドン』(笑)。
天野「(笑)。そういう誰もが観に行くような大作を友達と観に行くものでしかなかったんですけど、そこで初めて『ああ、こんな小さな人間ドラマも映画にしていいんだ』っていうのを知ったんですよね。日本の監督で言うと、山下敦弘監督の『リアリズムの宿』とかもその時に初めて観て、夢中になって。『あ、こういうドラマなら、もしかしたら自分でも撮れるかも』って、なぜかその時に思ってしまったんです」
――なるほど。中国への留学は、なにを学びに行かれたんですか?
天野「主に中国語なんですけど…もう中国語はしゃべれないです(笑)」
――大学では法学部にいたんですよね。
天野「はい。本当に大学卒業1年前ぐらいに、モラトリアム期間がもうちょっと欲しいなと思って、たまたま学内の掲示板を見ていたら“中国への留学生募集”というのがあったんで、それに応募したら通ってしまって」
――でも、それが現在につながってるわけですから、留学はしてみるもんですね(笑)。
天野「いい経験でした(笑)」
――前作『佐藤さんと佐藤さん』と今作『マジカル・シークレット・ツアー』は、熊谷まどかさんとの共同脚本だったり、撮影が趙聖來(チョウ・ソンレ)さんだったりと、主要スタッフの共通点もありますが、それぞれどういう経緯なのか教えてください。趙聖來さんは中川駿監督の『90メートル』の撮影もすごく印象的だったんですけど、これまであまりクレジットを見たことがない方で。
天野「趙さんは、『佐藤さんと佐藤さん』のプロデューサーが紹介してくれたんですよ。元々ニューヨークで活動されていて、ただ、日本生まれ日本育ちということもあって、最近は日本の作品も撮られるようになった方で」
――あ、なるほど。だからこれまで名前を知らなかったわけですね。なんか、すごく若い優秀な撮影監督が急に現れたのかと思ってました。
天野「歳は私と同じくらいで。むしろ、これまで海外でキャリアを積まれてきた方です」
――熊谷まどかさんはご自身でも映画を撮られてますよね。
天野「熊谷さんは自主映画時代からの友達で、お互いに脚本を見せ合ったり、感想を言い合ったりみたいな仲だったんですけど、その頃から気が合う方だったので自分から声をかけたのがきっかけです」
――これまで一人で脚本を書いてきた中で、誰かと共同で書きたいと思うようになった理由は?
天野「自分のというか、人間一人の力というものに限界を感じるようになって。やっぱり映画を作っていると、人と一緒にやることでとんでもないものが生まれたりすることって多いので、脚本も複数の人間で考えたほうが遠いところに連れていってもらえるんじゃないかなって、そういう予感があったんですよね」
――今回の『マジカル・シークレット・ツアー』は実際にあった事件がベースになっているわけですが、こういう場合って、法的に何か配慮が必要だったりするんですか?
天野「実際にあった事件をベースにしたのではなく、そのニュースから脚本の着想を得ただけなので、そこはなにもありません。金の密輸をして逮捕された方々のプロフィールはなにも存じ上げないんですよ」
――あ、なるほど。ぼんやりとそんな事件があったことしか覚えてなかったので、ちょっと勘違いしていました。
天野「実際に捕まった方々の世代も、今回の作品の設定よりも年上の方々だったはずです。最初にニュースを見た時は『これは映画になるぞ』って思ったわけではなくて。ただ、主婦のグループの密輸事件っていうことにちょっとびっくりしたんですよね。主婦ってそんな密輸のような犯罪とか、大きなお金が絡むようなことをするような存在じゃないっていう風に、なんか私の中でも固定観念があったので。そこに意外性を感じて、いい意味で裏切られた感覚というか、痛快だなと思いました」
――ということは、今作は企画自体が天野さん発信なんですね。
天野「そうです。でも、その時はまだ“おもしろいニュースだな”と興味を惹かれただけだったんです。それから何年か経って、映画の企画を考えているなかで、『あのニュースで見た事件の背景を勝手に膨らませてみたらおもしろいかも』って思うようになって。最初は主婦たちが家庭菜園で大麻を育てる話も考えていたんですけど、もしそれで進めていたら被っていましたね(笑)」
――『万事快調〈オール・グリーンズ〉』だ(笑)。
天野「いずれにせよ、主婦を主人公にしようと思ったのは、自分に子どもがいて、母親として暮らしているなかで、『母親ってこういうもんだよね』とか『主婦ってこうだよね』みたいなちょっとした決めつけの視線を、悪意はなくても日々感じることがあって。そこに若干の居心地の悪さみたいなのもあったりして、そこを裏切るような映画を撮ってみたいなという気持ちがあったんです。そこと、そういえばあの密輸のニュースも主婦だったなということを思い出して、徐々にプロットになっていったという感じです」
――でもこの話は海外ロケとかも必要で、実際に今回シンガポールでロケをされている。で、そのシーンも日本映画とは思えないようなリッチなルックになっていて。最初の企画段階で、実現する見込みはどのくらいあったんですか?
天野「いや、全然なかったです。2020年に考え始めて、数年間はまったく動かないまま、脚本を地道に直していくっていう状況が続いていたんですけど、有村さんが脚本を気に入ってくれて、受けてくださったところから一気に動き出したんです」

