『悲情城市』から『返校』、そして『霧のごとく』へ…白色テロを描いてきた台湾映画の変遷
『悲情城市』『牯嶺街少年殺人事件』に始まる戒厳令解除直後の名作たち
振り返ると、白色テロの時代は台湾映画のいくつかの名作の中でも描かれてきた。
戒厳令の解除からわずか2年後、「二・二八事件」を正面から描いた初めての台湾映画として世の中に衝撃を与えたのが、台湾映画史に輝く侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の名作『悲情城市』だ。トニー・レオンを主演に迎え、日本が敗戦した1945年から国民党政権が樹立するまでの激動の4年間を背景に、基隆の大家族・林家の人々がたどる運命を描く。
政府を直接批判するわけではなく、あくまで一家族の衰退を描くなかで政治の影響を暗示。ヴェネチア映画祭の金獅子賞を受賞し、台湾ニューシネマを代表する1本として世界的に高く評価されている。
楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)もまた、白色テロ時代の空気を色濃く映し出した傑作だ。
男子中学生がガールフレンドを殺害したという、1960年代初頭の台北で実際に起こった事件を題材にした本作は、大陸から台湾に移り住んだ“外省人”家庭の少年の視点から、抑圧された台湾社会の閉塞感や不安定な時代の空気を冷静に描き出す。
現状、日本で見る術はないが、王童(ワン・トン)監督の『バナナパラダイス』(89)や萬仁(ワン・レン)監督の『スーパーシチズン 超級大国民』(95)といった作品もある。
上記のような作品は、国際的な評価が高く、世界のシネフィルから愛され続けている。しかし、筆者の40代の台湾人の友人は、「初めて鑑賞した当時、自分に二・二八事件や白色テロに関する知識がなく、ピンとこなかった」と話していた。
『返校 言葉が消えた日』以降に広がる、白色テロ映画の新潮流
白色テロの時代を描いた作品が台湾でムーブメントとなるのは、徐漢強(ジョン・スー)監督によるホラー映画『返校 言葉が消えた日』の登場以降だろう。
台湾の大ヒットホラーゲームが原作の『返校 言葉が消えた日』は、暗い歴史をエンタテインメントとして再構築し、2019年の台湾映画興行収入1位を記録。第56回台湾金馬奨で最優秀新人監督賞など5部門を受賞した。
白色テロの嵐が吹き荒れていた1960年代。政府は厳しい言論統制を行い、スパイを捕らえるという名目で、市民が相互に監視し合い、疑わしい者がいれば密告するよう強制していた。女子生徒・方芮欣(ファン・レイシン)は放課後の教室で目を覚ます。誰もいない廃墟と化した校内で、秘密の読書会に参加していた男子生徒・魏仲廷(ウェイ・ジョンティン)と出会い、2人は脱出を試みる。さまよううちに、禁書を読んだだけで命を奪われた権力による迫害と、その引き金を引いてしまった密告者の哀しい真相が明らかになっていくという筋書き。当時の重苦しい空気が恐怖をかき立て、人心の恐ろしさが怪物に姿を変えて人を襲う。
この映画はゲーム好きの10代の若者から実際に白色テロの時代を生きた世代まで、幅広い層の心をつかみ、その後、ドラマ版も製作されて、台湾の人々が白色テロ時代に関心を寄せる大きなきっかけを作った。
一方で、白色テロはいまなお描くことの難しいテーマでもある。『ひとつの太陽』(19)、『瀑布』(21)などで知られる鍾孟宏(チョン・モンホン)監督による2024年のサスペンス『余燼』は加害者と被害者の描き方をめぐって台湾で大きな議論を呼んだ。
当事者やその家族がいまも多く存命しており、立場や記憶が様々である以上、その時代をどう描くかに“正解”はない。だからこそ、この時代を扱った作品が現在の台湾映画で増え続けていること自体に、大きな意味があるのだろう。
なお、『余燼』は日本でも「台湾映画上映会2026」で上映が予定されている。加えて、周美玲(ゼロ・チョウ)監督の『流麻溝十五号』(22)も挙げておきたい。白色テロで迫害された女性政治犯を扱った作品で、日本でも各種動画配信サービスで視聴することができる。
